私の父方の祖母が体験した話です。
祖母は山口の田舎町の出身で、家は峠の上にあり、学校へ行くには毎日急な峠道を一時間近く歩かなくてはいけなかったそうです。昔ですから一度峠道に入ってしまえば街灯もなく、それが怖くて毎日17時頃には急いで帰路についていたそうです。
ある夏の日、祖母は学校帰りに友達の家へ遊びに寄っていました。一緒に虫取りをしたり宿題をしたり。そうしている間に気が付けば17時半になっており、祖母は慌てて友達の家を飛び出しました。夏とは言っても木立のせいで道は薄暗く、なんとも気味が悪いのです。真っ暗になって周りが見えなくなってしまえば動けなくなって一大事です。
焦りながら早足で峠道を登り続けていると、くたくたになったころにようやく小さな明かりが見えてきました。坂の上には民家が一つあり、その街灯がいつも頼りになっていました。祖母はあと少しだと自分に言い聞かせ、せっせと明かりを目指して足を早めました。そうしてしばらく歩いていて、祖母は違和感を覚えました。確かに先程から明かりは見えているのに、歩いても 歩いても明かりが大きくならないのです。それどころか辺りは急に暗くなり始め、真っ暗で自分の足元もよく見えません。
おかしい。まだこんなに暗くなる時間じゃないはずなのに。
祖母は不安と恐怖でいっぱいになり、明かりめがけて駆け出しました。しかし走っても走っても距離は縮まらず、次第にくたくたになって速度は落ちていきます。とうとう歩けなくなってその場に座り込んでしまいました。
背負っていた鞄を降ろすと、蓋が空いてころころとおにぎりが転がり出てきます。友達のお母さんが、帰りにお腹が減った時にと持たせてくれたものです。疲れて拾う気力もない祖母がおにぎりを眺めていると、急におにぎりが不自然に下へころりと転がり、目の前からパッと消えました。
驚いて唖然としていると、もう一つのおにぎりもころころ転がりだし、坂の下へと消えていきました。不思議な出来事に呆気に取られていると、坂の上から「おーい!」と呼びかけられて、祖母はようやくハッとしました。振り返ると、坂の上の民家にすむおじさんが、こちらへ歩いてきているところでした。
結局、祖母はおじさんにおんぶされて連れて帰ってもらったのですが、あんなに遠く見えていた明かりが急に大きくなり、おじさんの家までものの10秒程度でたどり着いたそうです。おじさんに起こった出来事を話すと、「それはおめえ、狐か狸だな。おにぎりなんて持っとったから化かされたんだ。おじさんもお前の父ちゃんも、この辺の大人は皆小さい頃やられたでな」と笑われたのだそうです。
狐や狸に化かされると聞くと古い言い伝えの様に感じますが、祖母の時代には当たり前のようにあったんだなあとしみじみ思いました。
おもしろい
昔は普通のことだったのかな