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不思議体験

溜塵穢さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

靴
短編 2026/05/19 03:00 18view

ある男性から聞いた話。

その日、見慣れない革靴が玄関に置いてあった。だが絶対に自分のものではない。妻はスニーカー派で冠婚葬祭以外ではドレスシューズを履かない。仮に買うとしても、こんな見るからにサラリーマンが履きそうな形を選びはしないだろう。他には娘が居るが小学2年生、勘定には入らない。

そこで妻に確認したのだが、「見えない」と言われた。これだと持ち上げて見せても、どうしたことか妻には視認できないらしい。

「わ、もうこんな時間。ふざけてないでそろそろ出ないと」

やがて妻が言った。平日の朝、それぞれ出勤や登校で慌ただしい時間帯だ。靴を気にかけている余裕はなく、ばたばたと家を出た。とりあえずあとは帰ったら考えよう。しかし「知らない」ではなく「見えない」とはどういう意味なのか。

仕事を終えて帰宅すると、例の靴は朝と同じ場所で行儀よく並んでいた。落ち着いて確認すると、シワや汚れ、傷など使用感がかなりある…こうなると途端に気持ちが悪い。男性は靴を捨てることにした。明日はちょうど回収日なので、他の生活ゴミと一緒くたにしてマンションのゴミステーションへ放り込んだ。

翌朝、あろうことか捨てた靴は玄関に戻ってきていた。昨夜と全く同じように、爪先を揃えている。起き抜けにそれを見つけた男性は部屋着のままゴミステーションまで出向いて、そこに靴を放り込んだ。

いったい何なんだ気色の悪い…

部屋に戻り身支度を整えた。家を出る直前、玄関を念入りに確認する。靴は戻ってきていないようだ。男性は安堵と同時に、当たり前だろうと自嘲する。気を取り直して私物であるライトブラウンの靴を履いた。

あれ?

靴紐を締めたところで、両足が黒い靴に収まっていることに気づく。同時に、2つの何かが視界の両端に現れ、男性の肩から垂れ下がった。それが屈強で毛の濃い両腕であることを認識すると、急激な眠気が押し寄せてきた。瞼が重さを増し、目を開けていられなくなる…

「あなた何してるの!?止めて!!!」

妻の絶叫で目が覚めた。向かいのマンションが見えた…いや待て。あれはベランダから見て『向かいの』マンションだ、どうして玄関からそれが見えるのか。

うおおおおぉ!?

今度は自分が絶叫する番だった。玄関ではなく、ベランダの手すりに立って外を向いていることに気づいたからだ。強かに背中を打ちながら、男性はベランダに転がった。部屋は8階、前方に落ちていればおそらく…胸骨を砕いて出てきそうなほど心臓が暴れている。まさに間一髪だった。

自分以上に半狂乱な妻をどうにか宥めて、仕事に向かった。今度こそ間違いなく自分の靴を履いた両足を見つめながら、考えを巡らせてはみるが、そうしたところでどうなるものでもなかった。幸いそれから、見知らぬ靴は現れなくなった。男性の身に何かが起きることもなく、平穏無事に暮らしているという。

あくまで男性の身には、だが。

「ねぇ、これ誰の靴?間違って持って帰ってきてない?」

つい最近、娘がこんなことを言うようになった。彼女が言うには、同年代の男の子が履いてそうな運動靴が玄関にあるらしい。しかし、男性は視認できていない。

以来、何があっても、外出時は自分が最後に出るようにしている。有事の際、今度は男性が止めねばならない。

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