心臓が、どくん、と嫌な音を立てた。
体が、動かない。
うつむいたまま、視線だけをゆっくりと——右へ。
自分の右肩の、すぐ横。
そこに、
濡れた黒髪が、べったりと張りついた、真っ白な顔があった。
肩と肩が触れそうなほどの、至近距離。
顔は、健司と同じ方向——玄関の奥を、じっと見つめていた。まるで、彼と一緒にこの家の中を眺めているかのように。
数秒か、あるいは数十秒か。
時間の感覚が、消えた。
そのとき、
片方の目だけが、ぎょろり、と動いた。
眼球だけが、不自然に横滑りして、健司の横顔をぴたりと捉える。
血の気のない唇が、ゆっくりと弧を描いた。
耳元に、生ぬるい息がかかった。
そして、すぐ隣から、ささやくような声が聞こえた。
——やっと、見てくれた。
健司の視界が、すうっと暗くなっていった。
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