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妖怪・風習・伝奇

焦慮バッタさんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

大きなカタツムリ
長編 2026/07/02 18:31 566view

その日の夜、自分の部屋で一人考える。
優斗は今、奥の部屋で苦しみながら、内から芽生えるカタツムリに浸食されているのだろうか。
人間の姿から、手足が退化して、目が飛び出て、体中から粘液が噴きだして、耐えがたい苦痛に悶えているのだろうか。
僕は、またもや嘘をついていた。
優斗が全部正しかった。
あの時にはもう、失った時間はどう足掻いても取り戻すことなどできなかったのだ。
後悔が激しく脈打つ。

「おーい、ごはんだぞー」
父の声がして、食卓に降りる。
食事中、不意に父が口を開いた。
「お父さんもな、子供の時、親友がカタツムリとして旅立っていったんだよ。
 クラスからいなくなったのが小学4年生の6月13日で、カタツムリになって去っていく姿を見送ったのが翌年の1月10日だった。
 とっても寒い日だったよ。寒い中、みんなが見てる中で、頑張って、必死に這いつくばって、、、」
 父の手の甲に涙が落ちた。
 父は続ける。

「楓、優斗くんのことを、ただ一人の親友のことを、ずーっと覚えていてあげなさい。
 大人になっても、結婚して子供ができても、楓が死ぬその瞬間まで、ずーっとだ。
 それが、ただ一つ、楓が優斗くんにしてあげられることなんだよ」
父の目は、まっすぐに僕の目を見据えていた。
 
暗闇の中、布団の中で、父の言葉を反芻する。
僕が、優斗にできる、ただ一つの・・・

6.
10月下旬、桜の葉の緑が次第に色褪せ始めた。
死の季節へと向かっていく空気が如実に表れ始めた、そんな日の3時間目。
「では、これから、カタツムリになった優斗くんが「しずくの家」から出てきます。
 皆さん拍手で出迎えてあげてください。」
僕は拍手をしなかった。
拍手をして救われるのは、僕らだけだから。
大きな台車で運ばれてくる、かつて優斗だったカタツムリをただ見つめていた。

かつての旧友のなれの果てに、同級生たちは唖然とする。
僕は必死に平静を保ち、カタツムリから目をそらさなかった。
「では最後に、優斗くんが前を向いて旅立っていけるように、みんなで優斗くんの殻に寄せ書きをしましょう」
「しずくの家」の職員がマジックを配る。
3年前よりはいくらか落ち着いた様相で、しかし真剣な表情で、一人一人が思い思いに寄せ書きを書き始める。
僕は寄せ書きを書かず、カタツムリからずっと目をそらさない。
寄せ書きを書いて救われるのは、僕らだけだから。
「今から、優斗くんが街の中へ旅立ちます。皆さん拍手で、優斗くんの最後の姿を見送ってあげてください」
大きな拍手に包まれながら、カタツムリはゆっくりと校門を出て、やがて曲がり角に入って見えなくなる。
僕は拍手をせずに、どうしようもなく悲惨なその後ろ姿を、見えなくなるその瞬間まで見つめていた。
これは旅立ちなんかじゃない。
この上なく理不尽で惨たらしい出来事なのだ。
せめて親友の僕だけは、そのことから目をそらしてはいけないのだ。
そして、夢も希望も奪われた哀れな一人の少年を、僕は一生涯胸に抱えて生き続けるのだろう。
帰り道、一緒にたくさん語り合った通学路の真ん中で、大きなカタツムリの亡骸が小雨の中に横たわっていた。

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