あの日、優斗が死んだ。誠によって。
隠れん坊をして遊んでいた時、バランスを崩した誠に鏡ごと潰されてしまった。
全て、誠が隠れん坊なんか始めたのが悪かった。
それなのに。
誠は兄の存在を忘れた。何も最初からいなかったみたいに振る舞った。
私はそんな誠を許せなかった。
優斗が死んだのは事故だ。だが、その原因は誠だ。兄の亡くなった原因は自分にあるのに、その事を忘れるなんて事があっていいのだろうか。いや、あって良いはずない。反省していない誠に、私は苛立ちを隠せなかった。
ある日から、誠は鏡に話し掛けるようになった。「誰と話しているの?」そう聞くと、「鏡の中の僕」と答えた。そういえば、誠と優斗は双子でそっくりだった。もしかしたら、誠は鏡に話し掛けているのではなく亡くなった兄に話し掛けているのではないか。きっと兄が亡くなったショックで精神がまともではなくなってしまったのかもしれない。その夜、夫と話した。「ねぇ、あの子最近おかしいのよ。鏡に向かって話してるの。きっとお兄ちゃんが死んだショックでおかしくなってるんだわ。だから、ちゃんと病院に連れていった方がいいんじゃないかしら」けれど、夫はちゃんと向き合ってくれなかった。「落ち着け。病院に行った方がいいのはお前の方だ。」「何で?私は誠が心配なの」「…良い加減にしてくれ。誠の事はもう良いんだ。だって…」
その時。誠の部屋からガタッと物音がした。「…誠?」心配になって誠の部屋に向かう。「誠?どうしたの…」部屋に入ると、そこに誠はいなかった。「誠!?どこにいるの!?」辺りを見渡して、ハッとした。誠がいつも話し掛けていた姿見。その中に誠が無表情で立っていた。
誠は、鏡の中へ、消えてしまった。
ー 父 ー
誠が亡くなってから、もうどれだけ経つだろう。もし、生きていたらもう三十代位になっているだろうか。
あの日、誠は死んだ。今でも尚、あの悲しみをついさっきあった事のように思い出せる。確かあの日は、僕も妻も仕事で留守だった。だから誠は家に一人だった。あれは午後四時半頃の事だったと思う。地震があったんだ。震度は二〜三くらいだと記憶している。この震度なら、津波や家具が倒れる危険はないと思っていた。それから僕は夜の十一時くらいまで仕事をし、帰宅したのが十一時半前後だった。帰宅すると、僕より先に帰った妻が誠の部屋で泣き喚いていた。「どうした!」「誠がぁ!誠がぁ!」そこには倒れた鏡と、その鏡に潰されている誠がいた。僕はすぐに救急車を呼んだが、その時にはもう誠は息絶えていた。運悪く、顔の至る所に鏡の破片が突き刺さり、それは誠とは思えないほど顔が崩れていた。
その後から、妻は少しずつおかしくなっていった。
新しく買った姿見に向かって話し掛けたり、その姿見の前にご飯を置いたり、毎日丁寧に鏡を拭いたりした。ある時から妻は、「優斗」という名前を口にするようになった。「あのね、誠が『今日は優斗と鬼ごっこした』って言ってたわ!本当に仲が良くて…」「おい、優斗って誰だよ」「何言ってるの?優斗は、誠の双子のお兄ちゃんじゃない」妻は、いつも笑顔でそう言った。
でもある時、妻は「優斗が死んだ」と言うようになった。しかも、「誠が殺した」と。それからは毎日毎日、「誠ぉぉ!どうして優斗を殺したのよ!何でよぉ!」と妻は泣き叫んだ。時には、物を投げたりもした。
ある夜。
今日は珍しく妻は泣き叫ばなかった。「ねぇ、あの子最近おかしいのよ。鏡に向かって話してるの。きっとお兄ちゃんが死んだショックでおかしくなってるんだわ。だから、ちゃんと病院に連れていった方がいいんじゃないかしら」妻は何もない虚空を見つめながら言う。「落ち着け。病院に行った方がいいのはお前の方だ。」「何で?私は誠が心配なの」「…良い加減にしてくれ。誠の事はもう良いんだ。だって…」誠はもう死んだんだから。そう言おうとした時。「…誠?」妻が誠の部屋へ行く。「お、おい、どうしたんだ…」「誠…?どうしたの…」妻は部屋に入って慌て出した。「誠!?どこにいるの!?」妻は誠の使っていたベッドの布団を捲ったり、クローゼットを開けたりした。そして、姿見を見た瞬間、「誠!!なんで!!誠!!」と姿見に泣きながら縋りついた。
そして妻は…
思いっきり姿見を自分の頭に打ちつけた。僕は黙ってそれを見る事しか出来なかった。「ゴンッ!ゴンッ!」っていう音が、次第に「ゴチャッ…ゴチャッ…」という音に変わっていった。それから数回、頭を打ちつけた後に動きが止まった。
…そういえば今日は、誠の一周忌であった。
それから妻の葬式の後に知ったのだが、「優斗」というのは妻が小さい時に亡くなった兄なんだそうで、写真を見て驚いた。まるで双子のように誠とそっくりだったのだ。
その日、僕の日常は、消えてしまった。



























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