「写真通りですね」税関職員は苦笑している。「こんなにぎっしりよく詰めるなあ」
職員はしきりに通関書類と現物を見比べているものの、見えるのは手前に積まれた中古の布団だけだ。これでは確認のしようがない。
表向き通関業者も現物検査に協力するのが筋ではあるけれども、会社に収益をもたらすのが税関ではなく荷主である以上、あえて顧客の不利になるような真似をするはずがない。わたしはさも貨物に興味があるようなふりをひたすら装っていた。
「この荷主さんとはお付き合い長いんですか」
税関職員はすでに雑談モードに入ったようだ。書類を小脇に抱えて伸びをしている。
「新規顧客です。突然オファーがありましてね」
「日本人ですか?」わたしが答える前に、職員は首を振った。「そんなわけないか」
「パキスタンかスリランカ人あたりでしょうかね」
「あの人たちは本当にたくましいですよねえ」
こんな調子で雑談を交わし、検査はつつがなく終了した。税関職員はなにも問題はないと宣言し、ぶらぶらとオフィスへ戻っていく。わたしは大きく安堵のため息をついて、コンテナの扉を閉めにかかった。
片方の扉を閉め、もう片方に全身の力を込めたそのときだった。
圧縮された布団の隙間から、細長い長方形の箱が見えた。見えた範囲での推定になるが、長さは2メートル、幅は80センチくらいだろうか。真っ黒でなんの柄も印刷されていない。
おそらくその箱からだろう、なにやら不快な臭いがかすかに漂ってきている。考えなしに生ゴミを突っ込んだ三角コーナーのような臭いだった。手元の通関書類と謎の箱を見比べてみる。送られてきた写真にこんな代物は写っていなかったし、インヴォイスの貨物リストにも一致するような品目は見当たらない。
もっとよく見ようと思い、布団を押しのけて隙間を広げてみる。臭気が一段と増した。箱の表面になにか文字が書いてあるようだ。角ばった筆跡の英語だ。まだよく見えない。身体を布団に潜り込ませるようにして隙間を無理やり作った。
co……corp? corpse。確かにcorpseと書いてあった。単語の意味がわかった瞬間、わたしは布団から身体をもぎ離してなにも見なかったことにした。扉を閉じ、大急ぎでシールを封印する。
税関押印ずみの検査指定票をドライバーに返却し、CYへ戻してよいと伝えた。わたしの声は震えていたと思う。ドライバーはやけに陽気な若者で、「寒いっすね」とひと声かけてくれた。これがどれほどありがたかったことか、彼にはわかるまい。
コンテナシャーシが検査場の門を出ていくのを呆然と見送っていると、だしぬけに会社用の携帯が鳴り響いた。心臓が止まるかと思うほど驚いた。出てみると通関部門からで、たったいま輸出許可が下りたとのことだった。
* * *
この件を処理してからしばらく、同じ荷主から依頼がありはしまいかと血の凍るような毎日が続いた。幸いにも現在にいたるまで、2度目の依頼は受注していない。
料金回収も驚くほどスムーズだった。請求書を送った翌日には入金されていた。
結局わたしは税関へ通報しなかったし、会社の誰にもこのことを話していない。
麻薬なり拳銃なりの違法貨物が出てきた場合、通関業者には税関へ通報する義務がある。
しかし実際問題、誰がそんな厄介ごとを進んで背負い込みたがるだろうか? たとえ善意の第三者として関わっただけとはいえ、通報した人間も長く執拗な取り調べを受けるのだ。
そもそも輸出は輸入と異なり、許可が下りてしまえば貨物がどうなろうが誰も気にかけない。それは日本の法律が及ばない外国へ吸い込まれ、二度と本邦へは返ってこない。
どのみち仮にわたしが通報していたとしても、本船はすでに出港したあとだった。たった1本のコンテナに〈生ゴミ〉が積み込まれているかもしれないという疑惑だけで、本船を回航させるほどの権限は税関に付与されていない。
輸出許可が下り、本船が日本の領海ラインを越えた時点でそれはもう、外国貨物なのだ。フランスやブラジルの保税倉庫に保管されている貨物に日本の税関は手を出せない。本質的にはそれと同じことだ。
あの箱の中身が書かれた通りの代物だったかどうかも不明である。わたしは箱を開けて中身を見なかったし、バンニングスタッフがいたずらであんな文字を書いただけということもありうる。輸入者に親族や親しい友人がいれば、他愛ない遊びとしてそうした真似をやらかしてもおかしくはない。
けれどももし、中古品を調達するのとは少し違ったやり方で、彼らが例の生ゴミを回収しているとしたら? 仕入れ先には事欠くまい。殺人犯、暴力団関係者、老親の介護に疲れた家庭――。顧客からの引き合いは期待できるはずだ。もともと中古品輸出が本業なのだから、生ゴミが発生しないのであればそれはそれで構わない。いわばあの貨物は彼らにとって、臨時ボーナスという位置づけになるのだろう。
死体を日本国内に遺棄すれば、いずれ警察の捜査であぶり出される。しかし国外なら司直の手も届かない。輸出者は法律を破るコストに見合うだけの価格で貨物を引き取り、輸入者も妥当な値付けで貨物を現地で処分する。クライアントは処分費用を支払っていままで通りの生活を送ることができる。
誰も損はしていない。輸出された当の本人以外は……。

























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