いや何かが変だ。こんなわかりやすく音を立てて転んだ俺を、ミコが気付かないはずがない。それにあいつは俺をこんな場所に放置して先に行ってしまうほど、無慈悲な奴でもない。頭を打って気を失っていたのだろうか・・・とも考えたが、腕時計の針は八時二十二分を指している。ここに着いてからまだ五分しか経っていない。慌てて周りを見渡した俺はすぐに愕然とした。
「ここは・・・どこだ」
先ほどまで、俺たちは右回りの階段を上っていた。それなのに、今いるのは左回りの階段だ。とりあえずミコと連絡を取ろうと電話をかけるが電波が入らない。
「おいおい勘弁してくれよ・・・」
慌ててボタンを連打しているとようやく発信音が鳴った。が、それもつかの間、すぐにその期待は裏切られた。
『こちらはNTTドコモです。ただいまお客様がおかけになった方面の電話は、大変混みあってかかりにくくなっています。ご迷惑をおかけしておりますが・・・』
無機質な女性の機械音声だけが何度も繰り返される。
「どういうことだよ!」
俺は震えるその手で携帯の画面を見つめた。回線が混みあうだと? こんな山しか取り柄の無いような片田舎で・・・?
俺はそらおそろしいものを感じて、すぐに電話の電源を切ってしまった。ここにいたら、なにか得体のしれないものから電話がかかってきそうだ。
じっとしていても仕方がないので俺はミコを探すことにした。幸いにも懐中電灯は手に持ったままだ。足早に階段を下りてエントランスへ向かう。まずは自分が今どこにいるのかを確かめたい。そう思ってどんどん階段を下っている・・・はずなのだが、いつまでたっても下に辿り着かない。おかしい。
あまり試したくはなかったが、俺は途中で外廊下の方に行く先を変えた。部屋番号を見れば、ここが何階なのかを知ることができる。そう思ったのだ。だが、それが間違いだった。
『501』
「ここは・・・五階?」
まずい! そう思った時にはもう遅かった。
廊下の一番つきあたりで、ギギギギギと軋む音を立てながらゆっくりとドアが開いてゆく。
するとドアの隙間から、ひょこっと人影が飛び出してきた。
小さな女の子だった。おかっぱ頭に白のブラウス、そして赤いスカート。
何度も見たあの少女がそこにいた。
少女は何を言うでもなく、固まって動けないでいる俺を目で捉えている。ぽかんと口を開けていて正直、何を考えているのかわからない。目を離した隙に居なくなられてはたまらないと思い、俺はその少女から一切、視線を外さずに一歩一歩後ずさりを始めた。ゆっくり、しかし着実に階段へと近づいていく。心臓が激しく脈打ち、足が震えていた。依然、少女はただ俺を見ているばかりで何かをしてくる気配はない。
ようやく踊場に辿り着いた俺は、一目散に階段を駆け下りようとした・・・
階段の先にあの少女がいた。

























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