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心霊

蓮音さんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

人を呼ぶ団地
長編 2025/12/05 17:37 86view

「しかたないな」
俺はリモコンを手に取り、先ほどまで見てきたビデオテープを巻き戻し始めた。

          〇

 飛ばしつつ見ていたものの、量が量だったので欲しい情報を集めるのに丸二日は要した。俺のわかる範囲ではこれが全てのはずだ。途中、気分転換も兼ねて、返したビデオをもう一度借りに行った際、店員の男に、一体こいつはどれだけ怖いものを見れば気が済むんだと呆れた顔をされた。無論、睡眠不足と疲労でそんなことを気にしている余裕など微塵もなかったのだが。ミコには今日の夕方にはそっちに向かうとだけ留守電を残しておいた。

 俺はようやく完成したそのノートを満足げに眺める。先日まで自由研究のつもりで書き始めたものが、今やY団地専用ノートになってしまった。

 調べていくうちにいくつかわかったことがある。まず一つ目は、映像に写る幽霊がほぼ全て小学生くらいの少女だということだ。はっきりと映っているものは少なかったが、あれはおかっぱ頭の女の子で間違いないだろう。その昭和っぽい出で立ちが、トイレの花子さんを連想させた。二つ目は、撮影されている場所の多くが外廊下であること。ズラッと並んだドアに真っ赤な消化器、壁に立てかけられた傘が団地の空虚な雰囲気を醸し出している。映像は階段を上って廊下を写すもの、部屋を物色した後に廊下を写すもの、最初から廊下を写しているものなどがあり、中には駐車場側から外廊下を写す映像も見受けられた。どのパターンにも共通しているのは、あの少女がどこかの部屋のドアの隙間から、こちらを覗くようにして見つめているということだ。それが最後の三つ目。

 凡そのことはわかった。しかし、この少女が何者であるのかまではまだわからない。ミコはもう、そこまで突き止めているのだろうか。俺はノートを閉じると、早速ミコがいるあの神社へと向かうことにした。

          〇

 家を出たのは六時頃だった。友人と飯を食べに行くと伝えると、母は引きこもってばかりの俺を心配していたのか、ほっとしたような笑顔でそれを許可してくれた。八月も間近で夏真っ盛りの中、まだ暮れようともしない夕日に噛みつくようにして、俺は力強くペダルを踏みこんだ。なにせ神社までの道のりは坂続きなのだ。徹夜明けの体にこれはさすが堪える。鳥居が見える頃には俺はフラフラになっていた。

 自転車を境内の木陰に置いて社務所へ向かう。山に程近いので太陽はもうすっかり見えなくなっていた。たとえ見えていたとしても、今度は生い茂る木々がそれを邪魔していただろう。枝葉の隙間から垣間見える藍色に染まり始めた空だけが、この神社をぼんやりと照らしている。曖昧な明るさのこの時間帯が真っ暗な夜よりも一層、恐ろしく感じられるのはなぜなのだろうか。昔の人間はそれをたった四文字で表現したというのだから興味深い。
 
 そんなことを考えるうちに、社務所に辿り着いた。少し迷ってから念の為ノックをしようと手を伸ばしかけた時、ドアが独りでに開いた。そこにひらひらと小さなメモ紙のようなものが落ちてくる。

「なんだ?」
 膝を曲げてしゃがむと俺はそれをすくうようにしてそれを手に取った。

『深山君へ、ちょっと用事があるので先にY団地に向かってます。山代台駅を降りて徒歩十分ほどのところです。行き方は駅前の地図でも見て確認してください。では。』

 俺はそれを読み終えると、漏れ出るようなため息を吐いた。ここまで呼び出しておいてそりゃないぜ、つきまっちゃん。だが、背に腹は代えられぬ。今、Y団地で何が起きているのか、何が起ころうとしているのか。

 俺はその真実を知りたい―――――

 そう思っていたのがつい一時間ほど前のこと。今はもう、そんなこと心底どうでもいい。俺の気持ちが一変してしまうほど、目の前にあるこのおぞましい団地へと足を踏み入れるのは、常人には耐えがたいものがあった。俺の中の理性という理性が赤信号をバチバチと点滅させている。

「やっぱり明日の昼、改めて来よう。な?」
「ダメ。昼間なんかに出るわけないでしょ、あの子が」
 こう言いだしたらもう止まらない。俺が何と言おうとお構いなしに、ミコは行ってしまうだろう。だいたいあんな心霊映像なんかに写り込んだ幽霊を、どうしてそんな身近にいる子供かのように呼べるのか俺には理解できなかった。

「そんなに嫌なら別にあたし一人で行ってもいいのよ」

 いつまでも躊躇っている俺にミコは冷たく言い放った。いやこれはある意味、彼女なりの優しさなのかもしれない。しかし、女の子を一人きりでこんな場所へ行かせるのは俺の信条に反する。

「わかった。行くよ行きますよ」
 ああもうこうなったらやけくそだ。後は野となれ山となれ。
 ずかずかと進んでいくミコから離れないようにして、俺は後に続いた。

 遠くから懐中電灯で照らしても、辺りに広がる闇夜がその光を奪い去って建物の全貌は全く把握できない。エントランスに書かれた文字を見て、ここがどうやら最北端に位置するG棟なのだということだけがかろうじてわかった。もう何年も使われていないのであろう建物の中には、スプレー缶の落書きや何かを燃やしたような跡が至る所に散見される。こんなこともあろうかと、暑いのを我慢して、割と丈夫な靴で来た甲斐があった。下手すればガラスの破片で怪我をしかねない。

 そうこうするうちに、俺たちは外廊下へとたどり着いた。駐車場から撮られたあの映像では、確か五階らへんにあの女の子が写っていたはずだ。ミコにそれを伝えて、二人で階段を上がっていく。同じような色、同じような形をした階段が永遠と続いている。
連日の疲労もあったのだろう。気づいた時には俺は途中の段で足を引っかけて、盛大に踊場へと頭を打ち付けていた。あまりの痛さに声も出ない。床に手をつき、ようやく立ち上がった頃にはそこにミコの姿はなかった。

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