手をだらんと下に垂らして、俺のことをじっと見つめている。叫び声をあげる間もなかった。少女は少し首を傾げて俺に言った。
「あなた、だぁれ?」
途端、俺が答える間もなく、キョトンとした少女の顔がぐにゃりと歪んでぐちゃぐちゃになっていった。
「ああああああああ!」
絶叫を上げた俺の耳に少女の笑い叫ぶ声が聞こえる。
「深山君、上よ! 上に上がって!」
頭上からそんな言葉が聞こえてきた。ミコの声だ。考える前に体が勝手に動きだす。俺は声のする方へ全速で走っていった。
「早く!」
少女の笑い声が次第に低く、野太いものへと変容していく。何かを吐き出すような、えずきとも取れないその声がじわじわと近づいてくる。あれに捕まったら最後、もう二度と元の世界には戻れない。そう直感した。
何階上ったのかもわからなくなってきたとき、目の前の踊場からヌッと腕が飛び出しているのが見えた。白く細い腕だった。
「早くこれにつかまって!」
言われるがまま、その手を思い切り掴む。するとその腕に引っ張られるようにして、俺は勢いよく床の中へと吸い込まれていった・・・
〇
「ハア、ハア、ハア、ハア」
俺はもと来た右回りの階段にへたり込んでいた。その横にミコがいるのが見える。
「間一髪といったところね」
そう呟くミコに、俺は礼を言った。
「ああ、おかげで助かったよ」
一体、あれはなんだったのだろうか。逃げている際中、俺の視界の端に写ったあいつは、人の姿を留めていなかったように思う。ミコにそう伝えたが、彼女にもあれが何なのかは、はっきりとわからないらしい。あまりにも多くの残留思念が渦巻いているせいで、その核となる元凶が見えてこないのだとミコは続けた。
「この場所は、きっとこれまでも、ああやっていろんな人間を飲み込んできたんだと思う」
帰り道にミコはポツリとそう呟いた。
あの心霊特集に出てきたY団地の映像は、生きた人間によって撮られたものではない。団地に取り込まれてしまった人々の念が、他の人間を連れ込もうとして作り出した、いわば幻影のようなものだそうだ。それがどのような過程を経て、ビデオテープという媒体に書き写されてしまったのかは定かではない。
「もし、そこのお二人」
駅が見えてきた時、後ろから突然、声を掛けられた。振り向くと、友禅染を身にまとった若い女性が立っている。鮮やかな赤色の布地がきらきらと輝いているのが夜目にもよくわかった。

























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