バシュンッ!
・・・あいつは、あいつは死んだか?
目がくらんでよく見えない。数秒経ってから、俺はようやく目の焦点を合わせることができた。が、そこには何事もなく挨拶のスピーチを始めるあの男が立っていた。
「な、なぜだ!」
啞然とする俺の手元に、真っ二つに切れた弦が落ちている。
そして、その少女はこう言い放った。
「だから言ったでしょ。止めに来たって」
〇
そのあとすぐ、近くに待機していた警察によって、岩祭紀一郎は身柄を拘束された。器物損壊、建造物等損壊、放火、殺人未遂・・・と中学三年生が起こしたにしてはあまりにもセンセーショナルなその事件は、世間の話題を一気にかっさらっていった。
普段なら決して目にすることがないこの閑静な町・萩島が、まさか連日ニュースで取り沙汰されることになるだなんて、たぶん誰も予想していなかったでしょうね。プライバシーなんてお構いなしに、彼の自宅から学校、学習塾、さらにはかつて通っていたというスイミングスクールまでテレビで流れた時には、さすがの私も呆れてしまった。最近のメディア様は天下でも取って気でいるのかしら。まあでもあと一年もしたら、萩島の名前なんてみんな忘れているわ。
さて、岩祭家に関して、最近不穏な動きがあるという連絡を受けたのがほんの一か月前のこと。それから色々調べていく中で興味深いことが分かった。まずこの岩祭家の成り立ちについて。
伝承では、元々飯倉神社で神職をしてきた一族・御門家が途絶えたから、それを引き継ぐ形で武家から神職へと転身したとある。でもこれは真っ赤な嘘。戦乱が終わって武士としての収入源を失った岩祭家は、武力行使で無理やり御門家から飯倉神社を奪い取った。その上、彼らは土地や財産まで奪い取り、御門家を領地外へ追放した。火矢の逸話は、御門家を乗っ取ったことの大義名分として、二代目の貴一郎が作らせたものだった。奇しくもその名があの長男坊の名前と同じ読み方なのは何の偶然なのかしらね。ま、それは置いといて。問題はここからだった。
萩島を追放された御門家は当時の時代背景もあって、最初こそそれを受け入れていた。でもこの逸話を聞いて態度が一変した。そりゃそうよねぇ、自分たちを悪者扱いして・・・ちょっとひどいと思うわ。さて、そんな御門家が何をしたか。そう、岩祭家に呪いをかけた。一族同士で争わせて、ゆくゆくは滅亡へと追い込むという呪いをね。この呪いは本当に強力なものだった。でも彼らが思っていた以上に岩祭家は結束が強く、一族同士でいがみ合うなんてことはほとんど起こらなかった。だから呪いを掛けられても効果はなく、それどころか呪いの存在にも気づかない始末だった。御門家はさぞ悔しかったことでしょう。察するに余りあるわ。さて、ではなぜ今回のような一連の騒動が起きてしまったのか。
紀一郎の叔父・岩祭久彦は、亡くなった元当主・善一郎から岩祭家の成り立ちと御門家の呪いのことを伝えられた。善一郎は自分の死期を悟って、歴史学を研究していた久彦にその真実を確かめて欲しかったのね。その結果、久彦は全てを知ることになる。そう、実は彼の妻・つゆ子は御門家の末裔であることがわかった。問題なのは、それを妻のつゆ子に打ち明けてしまったことだった―――――
〇
12月19日 午前9時5分
供述調書 岩祭つゆ子 昭和三十四年五月十六日生(三十九歳)
取調官 木元重昭 一九九八年十二月十九日
「これからいくつか質問をします。まずあなたには黙秘権が認められています。言いたくないことは別に言わなくても構いません」
「はい」
「それは始めます。まず今年の11月6日、岩祭弥一郎氏の証言によれば、あなたは彼とその妻・岩祭美夜子氏に相談したいことがあると言って、夏目湖外周へドライブに誘いましたね?」
「はい」
「その後、道の駅『山代台くまがみ』の駐車場において、休憩中の両氏の車に細工を施し、事故に見せかけて殺害しようとしましたね?」
「はい」
「その後、あなたは細工が警察にバレないよう、炎上している車からそれを取り外し、あろうことか二人を置き去りにした。右手のやけどはその時に負ったものだ。そうですね?」
「はい」
「わかりました。では次に、岩祭善一郎氏の遺言書について、彼の遺言書からあなたの指紋が検出されました。妻の岩祭タヱ氏の証言によると、遺言書は葬儀の際、彼女によって持ち込まれたもので自分以外の人間には一切触らせていないとのこと。つまり、あなたは葬儀で読み上げられる前、遺言書に何かした」






















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