境界線である川そのものを結界にすることで、村に降り注ぐ災厄を免れようとした。あるいは、村に侵入しようとする魑魅魍魎を追い払おうとしたのかもしれない。細かいことは俺にはわからない。だが、川の中に沈められた石は長い長い年月を経て、徐々に削られ、小さくなり、やがては丸みを帯びて上流から下流へ流れていった。そして、その石をたまたま拾ってしまったのだろう。この家の子どもは。事件というよりこれは事故だ。俺は中学で習った浸食、運搬、堆積という言葉を思い出しながらそんなことを思う。
「おじいさんは教えてくれてたのにね。自然にある物は持ち帰ってはならないって」
腰に手を当てながら、ミコはため息をついた。すると今度は、のそりとがれきを跨いで廃屋の中へと入り始める。ミコを追いかけるようにして、俺も廃屋に入った。むき出しの状態で数年、いや数十年以上放置されていたのだろう。臭いは特にしなかった。ただ床のあちこちが雨水で腐食して、いつ抜けてもおかしくない。ここは居間だろうか。ガラスの散乱した床の上に、カーペットとソファだったであろうものが置かれている。家具が放置された状態で解体を行うなど余程、急を要していたのか。
ミコはというと、居間の奥にある階段を上り始めていた。いつ崩れてもおかしくないだろうに、大した度胸である。
「おいミコ、危ないって」
こんなことを言われてビビるタマの女ではない。「大丈夫、大丈夫」とだけ声が返ってきた。床を踏み抜かないようにそろりそろりと歩いて階段の下までたどり着くと、ミコがこちらを見下げるようにして立っていた。心なしか自慢げな顔をして。
「お宝ゲットしたわ」
ミコは微笑を浮かべて、手に持った赤黒い塊を見せつけてきた。それは、今にも人の血が溢れ出してくるんじゃないかというほどの禍々しい輝きを放っている。
「縁起でもないこと言うなよ・・・」
まあ、これからこの石を元あった場所へと返しに行くのだ。バチはあたるまい。
〇
帰り道、後ろに座っているミコが俺に声をかけてきた。
「今日はありがとね、付き合ってくれて」
「ああ、いいよ別に。こないだ世話になったしな」
そう答える俺にミコは「それとこれとは別。アイスはちゃんと奢ってね」と平然と言ってのける。こいつには敵わないなと思う。
「ところでさ」
「ん、なに?」
「いや、今日の結界石。こんな話、一体どこから仕入れてきたんだ?」
アハハと笑ってミコが返答する。
「・・・さあ、どこだろうね」
その声が一瞬にして風の音にかき消される。ミコは神社の娘だ。神社では祭りや祈祷のほかにお祓いの類も行っていると聞く。きっとそうした関係からミコは情報を得ているのだろう。だが・・・なぜだか、それだけではない気がする。多分それを知ってしまえば、俺も後戻りはできない。そう思った。ミコと違って、俺には霊感や神通力なんてものはない。いざとなったら自分の身は自分で守らないといけない。黙りこくる俺に何を思ったのか、ミコは「じゃあ、あと何回か私の手伝いしてくれたら教えてあげる」と言った。
「いいや、遠慮しておくよ」
俺の答えを予想していたのか、ミコは大きな声を出して笑った。
〇
―――――県江里村で発生した一家失踪事件についての速報です。今日午前八時ごろ、曲神山(くまがみやま)七合目付近の山林で、約十五年前に行方不明になった遠堀さん一家のものと思われる遺体が発見されたとのことです。発見者は川の水質調査をしていた県の職員で、警察は先ほど、遺体は既に白骨化しており、着用していた衣服に残されたDNAから身元を特定する予定だと発表しました。
画面が切り替わり、事件発生当時の映像が映し出される。鼈甲のメガネをかけた渋い声の男性リポーターが、まだ綺麗だったころのあの家を前に事件の概要を話している。別に驚きはしなかった。昨日、あの石を元あったであろう川に戻しに行ったとき、なんとなくこうなるような予感はしていた。ミコは分かっていたのだろうか。きっと分かっていたに違いない。俺はもっと彼女について知りたいと思うと同時にこれ以上、深入りしない方がいいと理性が訴えかけるのを感じた。
「ごちそうさま」
席を立ちあがる父と母が俺に声をかける。
「あら、もう行くの? いってらっしゃい」
「最近、事故や事件が多いから気を付けていくんだぞ」
俺は「ああ」とだけ言って家を出た。正直、この先こんな経験を味わうことは一生できないだろうと思う。オカルト好きにとって、そのチャンスをみすみす逃してしまうのは一生の不覚だ。だから今は・・・今だけはミコとともに、その先に何があるのかを確かめてみたい。
























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