小声で渚に耳打ちするが「いいから。笑って」とだけ返されてしまい、私はどうすることもできなかった。間もなく、列車は疎水を横断する鉄橋に差し掛かった。次第に減速をし始め、体が横に引っ張られそうになる。響き渡る轟音がいつもに増して耳に痛い。駅はまもなくだ。じわじわと踏切に近づいていっているのが嫌でもわかる。心臓の脈打つ音が頭の中にまで聞こえてきた。
隣りを見ると、渚はあの日、私が目にしたのとまったく同じ、引きつった不気味な笑顔で外を見つめていた。頬をぴくぴくと痙攣させながら、目をこれでもかというくらいに大きく見開いている。
渚は今、私の味方じゃない。
点滅する踏切の赤いランプが目の前で光った。
―――――カカシは確かにそこにいた
〇
私は、笑うことが出来なかった。
駅につき、ホームに降り立つ。渚は真顔で私を見つめていた。私は彼女の顔を見るでもなく、かといって何か言葉を発することもできなかった。発車ベルが鳴り始める。なにか・・・なにか言わないと。今、何か言わないと、私たちの関係は壊れてしまう!
直感的にそう思った。焦燥感が駆け巡る中、私が口を開けたその瞬間、
「笑えッつっただろ」
シュ―――――ガシャンッ!
勢いよくドアが閉まり、列車がホームを発車していく。私は赤いテールライトが見えなくなるまで、その電車を茫然と見つめていた。横を過ぎ去る人々はみな、私に目もくれなかった。
〇
帰り道、私は家までトボトボと力なく歩いていた。あの踏切は一体何なのか。なぜ乗客は笑っていたのか。そして・・・渚のあの言葉が私の中にいつまでも渦巻いている。墨汁のような真っ黒い液体が、私の中にトポトポと落とされていくような感覚だった。
「渚のあんな顔、初めて見たな・・・」
思わずポツリと呟く。こんなことになるくらいだったら、あの時、母が引っ越そうなんて提案をしたとき、受け入れなければよかった。父が失踪したというこの街。そこに移り住むということに、違和感が一切なかったかと言われれば嘘になる。母はまだ何かを隠しているのかもしれない。思わず、そんなことまで考えてしまう。
時音疎水(ときねそすい)を渡って、西上四丁目の十字路を左に曲がれば、もうすぐうちにつく。母と二人で暮らす小さなアパートだ。この辺は街灯が少なく、あたりは薄暗くて少し不気味だ。遠くで踏切の鳴る音が聞こえてきた。先ほどの出来事を思い出して、私は恐怖心から足早にアパートに向かう。ところがあまりに急いでいたので、入り口の近くの人影に気付かず、自分でもびっくりするくらい大きな声を出して驚いてしまった。
「わあああ!!!」
その人物はゆっくりとこちらに向かってきて言った。
「やっときたぁ」
こちらのテンションとの差に、なにがなんだかわからなくなって、とりあえず謝ってしまった。人間不思議なもので、疑念を抱くと一瞬、我に返るものだ。
「あれえっと、どちら様・・・?」
私が恐る恐る尋ねると、その少女は微笑を浮かべてこう答えた。
「月待ミコ。ね、寒いから一旦家上がらせてもらっていい?」
〇
見ての通り小さなアパートで、友達を連れてくることなんか滅多にないため、突然の訪問にも関わらず、母は喜んで私たちを迎え入れてくれた。噂に聞いて身構えていたが、パッと見る限り、月待ミコはただの女子高生だ。そんな訝しむ私に気付いたのか、ミコは少し目つきを変えた。
「本郷さんさ・・・カカシ、見たでしょ」
ギクッとした。この子には隠し事が通用しない。そんな気がする。
「うん・・・見たよ。駅前の踏切でね」
ミコが身を乗り出す。
























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