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妖怪・風習・伝奇

蓮音さんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

父の遺言
長編 2025/11/28 22:05 2,007view

 小声で渚に耳打ちするが「いいから。笑って」とだけ返されてしまい、私はどうすることもできなかった。間もなく、列車は疎水を横断する鉄橋に差し掛かった。次第に減速をし始め、体が横に引っ張られそうになる。響き渡る轟音がいつもに増して耳に痛い。駅はまもなくだ。じわじわと踏切に近づいていっているのが嫌でもわかる。心臓の脈打つ音が頭の中にまで聞こえてきた。
  
 隣りを見ると、渚はあの日、私が目にしたのとまったく同じ、引きつった不気味な笑顔で外を見つめていた。頬をぴくぴくと痙攣させながら、目をこれでもかというくらいに大きく見開いている。

 渚は今、私の味方じゃない。

 点滅する踏切の赤いランプが目の前で光った。
―――――カカシは確かにそこにいた

          〇

 私は、笑うことが出来なかった。
 駅につき、ホームに降り立つ。渚は真顔で私を見つめていた。私は彼女の顔を見るでもなく、かといって何か言葉を発することもできなかった。発車ベルが鳴り始める。なにか・・・なにか言わないと。今、何か言わないと、私たちの関係は壊れてしまう!

 直感的にそう思った。焦燥感が駆け巡る中、私が口を開けたその瞬間、

「笑えッつっただろ」

シュ―――――ガシャンッ!
 勢いよくドアが閉まり、列車がホームを発車していく。私は赤いテールライトが見えなくなるまで、その電車を茫然と見つめていた。横を過ぎ去る人々はみな、私に目もくれなかった。

          〇

 帰り道、私は家までトボトボと力なく歩いていた。あの踏切は一体何なのか。なぜ乗客は笑っていたのか。そして・・・渚のあの言葉が私の中にいつまでも渦巻いている。墨汁のような真っ黒い液体が、私の中にトポトポと落とされていくような感覚だった。

「渚のあんな顔、初めて見たな・・・」

 思わずポツリと呟く。こんなことになるくらいだったら、あの時、母が引っ越そうなんて提案をしたとき、受け入れなければよかった。父が失踪したというこの街。そこに移り住むということに、違和感が一切なかったかと言われれば嘘になる。母はまだ何かを隠しているのかもしれない。思わず、そんなことまで考えてしまう。

 時音疎水(ときねそすい)を渡って、西上四丁目の十字路を左に曲がれば、もうすぐうちにつく。母と二人で暮らす小さなアパートだ。この辺は街灯が少なく、あたりは薄暗くて少し不気味だ。遠くで踏切の鳴る音が聞こえてきた。先ほどの出来事を思い出して、私は恐怖心から足早にアパートに向かう。ところがあまりに急いでいたので、入り口の近くの人影に気付かず、自分でもびっくりするくらい大きな声を出して驚いてしまった。

「わあああ!!!」

 その人物はゆっくりとこちらに向かってきて言った。

「やっときたぁ」

 こちらのテンションとの差に、なにがなんだかわからなくなって、とりあえず謝ってしまった。人間不思議なもので、疑念を抱くと一瞬、我に返るものだ。

「あれえっと、どちら様・・・?」
 私が恐る恐る尋ねると、その少女は微笑を浮かべてこう答えた。

「月待ミコ。ね、寒いから一旦家上がらせてもらっていい?」

          〇

 見ての通り小さなアパートで、友達を連れてくることなんか滅多にないため、突然の訪問にも関わらず、母は喜んで私たちを迎え入れてくれた。噂に聞いて身構えていたが、パッと見る限り、月待ミコはただの女子高生だ。そんな訝しむ私に気付いたのか、ミコは少し目つきを変えた。

「本郷さんさ・・・カカシ、見たでしょ」

 ギクッとした。この子には隠し事が通用しない。そんな気がする。

「うん・・・見たよ。駅前の踏切でね」
 ミコが身を乗り出す。

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