〇
渚と二人、駅で電車を待つ。下りはついさっき出て行ってしまったようで、先に上り電車がホームに滑り込んできた。その風は冷たく、渚はどこか恨めしい目で電車の方を見ている。この風を私たちはもう一度浴びねばならない。睨みつける気持ちもよくわかる。
発車ベルが鳴り終え、ドアを閉める旨の放送が流れた直後、「あっ」と渚が声を漏らした。
「なに、どうしたの」
「あ、いやもしかしたら・・・見間違いかもなんだけど、今の電車に例の女の子が乗り込んだ気がして。ほらあの噂の」
『噂の』と聞いてピンときた。最近、うちの高校で話題になっている女生徒のことだ。占い研究部の集団パニック事件を指先ひとつで解決し、校内中の注目を集めたかと思えば、今度は同学年の男子生徒に取り憑いた悪霊を見事、除霊した・・・なんて噂まで飛び出している。一体、どこからそんな噂を広がったのかは定かでないが、火の無いところに煙は立たない。
しかし、飯が食えるほどのキャラの濃さだというのに、その女生徒が一体だれのなのか、未だ判然としていない。そのことが噂により一層、拍車をかけているのだろう。だが、アイツじゃないかという話が出ないはずもない。その中でも、私たちが有力候補の一人として推しているのが、月待ミコという一年生の女の子だった。
「え、もしかして渚、月待ミコを見たの!?」
渚は肩をすくめて答える。
「さあ、私もちゃんと見たことないし。でも、オーラがあったよオーラが」
オーラだなんてなんだかミーハーな言い方だ。もう少しまともな感想を聞きたかった。そこから私たちはオカルト談義でもちきりになった。
やれ三階のトイレには女の霊が出るだの、旧校舎の向かいにある古井戸は覗いたら白い手に引きずり込まれるだの、そんなありきたりな怪談を話しているうちに下り列車がやってきた。電車に乗り込んでからも渚との会話は止まらない。彼女と話しているとあっという間に時間が過ぎてしまう。気づいたら、このまま高校生活が終わってしまうんじゃないかと考えてしまって、ちょっと恐ろしい。
「あれ、待って今何時?」
渚に聞かれ、腕時計に目をやる。
「十一時まであと十分くらい」
言うやいなや、渚が露骨に嫌な顔をした。普段、そんなに時間など気にしていないように思ったのだが、何かあったのだろうか。今日は委員会の仕事が珍しく長引いてしまったので、もしかしたら門限に間に合わないのかもしれない。すると
「和葉」
いつもの明るい調子とは打って変わって、渚は低く落ち着いた声で私の名前を呼んだ。
「お願いがあるんだけど・・・いいかな」 渚の様子が少しおかしい。困っているような怒っているような複雑な声色だ。
「どうしたの?」
そう返答する私に、渚は静かに続けた。
「次の駅、和葉の最寄り駅だよね。そこにつく手前に踏切があるでしょ? お願いだから、この電車がその踏切を通るとき、思いっきり笑って。声は出さなくていいから」
『踏切』『笑う』という二つの言葉が私の中で反芻する。忘れかけていたあの光景が、頭の奥底から無理やり引きずり出される音がした。踏切を待つ人々や乗客がニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべているあの光景が。
そして同時に感じるものがあった。
渚はあれが何かを知っている。
私の顔がきょとんとするのを予期していたのだろう。驚きと不安の入り混じった反応に、渚は「なんだ、知ってるのね」と言って、窓の方に体を向けた。ふと見渡すと車内の全員が、渚と同じようにして体を窓の方へ向けていた。
「な、なんなのこれ。何が起きているのッ!」






















※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。