俺も次の日に病院を受診したが、複数の打撲と擦り傷をつくっただけだった。ところが、俺と接触したあの女性はやはり骨折をされていて、しばらく入院治療を受けられることになった。きちんと治る部位であったのが不幸中の幸いだったが、当然のごとく、彼女のご家族はたいへん怒っていらっしゃった。小学生の俺にできることは、両親と一緒にあの被害者女性のお見舞いにうかがい、謝意を述べることだけだった。彼女が退院されるまでの間、両親がきちんと損害賠償などをお支払いすることで、和解に至った。
被害者さんからのお許しこそが、加害者にとっては真の【不幸中の幸い】だったと思う。
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だが、事故の話はここでは終わらなかった。確かに穏便に問題を解決することはできたのは両親のおかげだが、俺はもともと豪快すぎる父親とは性格面で合わなかった。子どもが熱を出してもどしていても、傍若無人にふるまっていたクソ親父。俺は今でもこいつの所業を許していない。
平たく言えば、憎んでいるのだ。
次に、学校で友達のNさんが『自転車が歩行者とぶつかり、自転車にのっていた者は空を舞い、倒れた歩行者の近くにウィッグが落ちたイラスト』を描いたのだ――それもとても上手に、まるでギャグのように見せかけて。あまりの思いやりのなさに俺が激怒して抗議すると、Nは「風でカツラが吹き飛んだのが面白かっただけだよ」と言い訳した。
【不幸中の幸い】かどうかは加害者ではなく、不利益をこうむった人が決めるものだ。
俺がいない時にあの被害者さんのご家族の方がおっしゃったそうだが、あのご婦人は事故の半年ぐらい前まで大病の為に入院されていたそうだ。彼女はその治療の影響で、脱毛にも苦しんでいらっしゃったのだ。そのためにウィッグをご着用になっていたのだが、俺の自転車と接触したさいに吹き飛んでしまった。あの日俺がウィッグを手渡すと、彼女はお身体の痛みに耐えながら、「ありがとう」とお言葉を返してくださった――およそ半年前にやっと退院できたのに、俺の無灯運転のせいでまたもやご入院になってしまった・・・・・・。
俺自身にも言えることだが、世の中「ごめんなさい」では済まないことだってある。事故を起こした俺を、不注意で愚かだと嗤うのはまだいい。しかし、命にも関わるような病魔と闘い、やっと寛解した人を笑いものにするような発言とイラストは、どうしても許せなかった。Nと俺の友情には、ここで最初の亀裂が入った。
結局Nは、フレネミーだったXやQ(前々作の『積もり積もった痛みの果てに』に登場するいじめっ子たち)に似通った人だったのだ。
彼女はどういうわけかXに嫌われていたので、奴とグルになって俺に嫌がらせをしてくることはなかった。だが、Nは4年生の写生大会の折に、他のいじめっ子たちのグループに入った。俺がトイレに行っている間に、Nとその悪友たちは俺の作品の下書きをボールのように丸めて、ドブ川の中に捨てやがった。そのせいで、俺は未完成のままで作品を提出せざるを得なかった。
Nは怒りっぽくはなかったが、所詮は物事の善し悪しをよく考えずに、悪事の共犯になるような人間だったのだ。よって、被害者さんのご病気への恐怖もお怪我の苦しみも、未だ癒えぬ俺の心の痛みも罪悪感も、Nにとっては見聞きしておもしろいものだったのだろう。その時は、共通の友達であるOさん(六年生の初めに転校してきた新しい友人。Nと同じクラスの子)がNを叱ってくれたので、一応は仲直りをした。だが、その後もNとはいろいろと行き違いがあり、とうとう絶交に至ってしまった。
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交通事故はこの上なく重く、苦しいものである。
俺がいま暮らしているところでも、ながら運転・左右後方不注意どころか、堂々と信号無視までする自動車や自転車が多い。慢心、油断、動静不注視(だろう運転)が事故を引き起こすというのに。
本当に恐ろしいのは人間の所業だが、その具体例の一つが交通事故だろう。


























花蘇芳(沈丁花)です。うちの子の友達のお父さんは卒園式の折に、「パパはよく信号無視をするので怖いです。危ない運転をしないで下さい」とマイクを持ったお嬢さんに言われ、他の保護者や子どもさん達に大笑いされたそうです。
花蘇芳(沈丁花)です。俺が中学生の頃の話ですが、昼間に自転車で青信号の横断歩道を渡ろうとしたら、無理に左折してきた自動車とすんでのところでぶつかりそうになりました。見通しの良い交差点でした。俺が慌てて止まったから何もなかったのですが、その危険運転の自動車はさっさと走り去って行きました。
花蘇芳(沈丁花)です。一部、加筆をしました。