俺はそのくらい地面に横たわっていただろうか。……自分の名前は分かる。目は見える。耳も聞こえる――大きな怪我はしていない。だが、立ちあがっただけで、身体のあちこちがひどく痛んだ。歩くのも辛かったが、自分のことは後回しだ。俺はつい今しがた、あの歩行者の女性を自転車ではねてしまったのだから……。
俺は接触してしまったご婦人に急いで駆け寄り、「大丈夫ですか」と声をかけた。
「大丈夫よ、お兄さん(俺)、わたしも命に別状はないわ。イタタタ、痛い、痛い!」
と、彼女はつらそうな顔でおっしゃった。その時彼女の身体に大きな外傷は見当たらなかったが、どこかが痛くて立てないご様子だった。
俺と似た年の子ども達が、自転車でその坂道を走っていく。道ゆく人は車から降りて、その女性の元に駆け寄ってきた。俺は、周囲の人々に支えられながら救急車を待つ女性を見て、自分の迂闊さや身勝手さを思い知った。
――もし、俺が教室を出る際に、いつも通りにライトを付けていたら――
俺は驚愕、自責の念、罪の意識、これから俺自身に降りかかるであろう、得体の知れないものへの恐怖におののいた。俺は狼狽して、ただ号泣するだけの子どもになってしまっていた。自分がひどい怪我を負わせた女性に、何度もむなしく「ごめんなさい」としか言えなかった。泣きたいのは彼女の方だったろうに、俺はショックのあまりパニックに陥っていた。
「もう誰にも許してもらえない!もう償うことができない!」
と、独りよがりに泣き喚いていた。
つまり、俺が一番心配していたのは自分自身のことだったのだ。
何人かの習い事仲間が騒ぎを聞きつけて、この下り坂を自転車で走ってきた。彼らには口々に「まあ落ち着きなよ」と言われた。
そうこうしているうちに辺りは青鈍色に覆われ、目の前にいる人のお顔しか分からなくなる。
そんな中、一人の見知らぬ青年が車から降りてきて、慟哭する俺のそばで辛抱強く話を聴いてくれた。俺は感動して後日お礼に伺いたいとお願いしたが、彼は名乗ろうとしなかった。
俺が負傷させてしまった女性が救急車にお乗りになった後、俺も警官に帰宅するように言われた。俺の自転車は通行の邪魔にならない場所に、誰かが片付けてくれたらしかった。だが、おかしな音がして動かなくなっていた。
やがて、学校を通して、俺の親と連絡がとれたと聞かされた。けれども、俺の両親はなかなか来なかった。結局、習い事仲間のひとりが親御さんを連れてきて、軽トラックで俺と故障した自転車を家まで運んでくれた。上記の心優しい青年とはここで別れた。
家に着いた後、俺は熱を出して何度も嘔吐した。20時頃に事故現場を確認するために、俺は父親の車であの坂道へと向かった。俺が助手席でもどしているのに、このトウヘンボクは煙草を吸おうとしやがった。
その日のうちに知ったのだが、あの事故被害者さんと俺がとんだ災難に直面している時に、俺のバカ親父はパチンコ屋にいたという。母は俺ではなく、まぬけの父親の方を先に迎えに行ったらしかった。そんな頭の足りない両親に、俺のキョウダイも呆れていたようだった。


























花蘇芳(沈丁花)です。うちの子の友達のお父さんは卒園式の折に、「パパはよく信号無視をするので怖いです。危ない運転をしないで下さい」とマイクを持ったお嬢さんに言われ、他の保護者や子どもさん達に大笑いされたそうです。
花蘇芳(沈丁花)です。俺が中学生の頃の話ですが、昼間に自転車で青信号の横断歩道を渡ろうとしたら、無理に左折してきた自動車とすんでのところでぶつかりそうになりました。見通しの良い交差点でした。俺が慌てて止まったから何もなかったのですが、その危険運転の自動車はさっさと走り去って行きました。
花蘇芳(沈丁花)です。一部、加筆をしました。