行きかう人々の逞しい足音と軽快な話し声が、駅構内で反響する。N駅の中をゆく人々は、いつも人の追い潮や時間に急かされるように歩いている。電車の発車を知らせるJ・シュトラウスの『美しく青きドナウ』が高らかに流れる。男性の駅員さんのアナウンスも力強く響きわたっていたので、私はこの不躾なオッサンの声がよく聞き取れなかった。私は「お答えできません」とだけ答え、終始冷ややかな表情のまま男の顔を見ていた。そしたらその男は、
「僕、財布を…シャに置いてきてしまったみたいで、……で取りに戻りたいので、5000円貸してもらえませんか?」
と、おねだりをしてきたのだ。
周囲の物音に混じってよく聞き取れなかったが、金の無心であることは分かった。その中年男には私の後ろ姿がまだ若く見えたから、目をつけたのだろう。先ほど、突然ぐいと右肩を掴まれた驚きもまだ残っていた。
――なんて図々しいやつだ!どこの誰とも知れない人に、金を借りようとするなんて――
私は寸借詐欺をもくろむ汚い手で触られた怒りで燃え上がり、
「はあ?私、耳が遠いんですけど!」
と、この怪しい男に思いきり怒鳴りつけてやった。
そしたらその男は「もういいです」と言い、急に小さくなってその場から逃げていった。
不審者や詐欺師は厚顔無恥であり、平気で嘘をつき、人の資産を奪うことに何の罪悪感も感じない生き物である。皆さんも気を付けてください。
























沈丁花です。一部語彙を付け足しました。