ワッフルの皿もそっと置き、揺れないように位置を調整する。バチさんは何も言わず、じっと俺を見つめていた。
俺はバチさんの目をじっと見た。そこには不思議な力が宿っているようで、まるで俺の一挙手一投足を観察しているかのようだった。
ぞくりと背筋に寒気が走る。思わず息を呑むが、俺は「ごゆっくりどうぞ」と声をかけ、丁寧に一礼してその場を離れ、逃げるようにカウンターへ戻った。
お盆を元の場所に置くと、目を離さずバチさんの様子を窺う。バチさんは静かにワッフルをフォークで切り、コーヒーを一口ずつ味わうように飲んでいた。その佇まいは、ただ食事をしているだけなのに、どこか不気味で、異様な存在感を放っていた。
店長がカウンターに戻ってくると、真剣な表情で俺に尋ねた。
「バチさんの様子は?」
俺は少し躊躇しながらも答える。
「あ〜、バチさんなら一応大丈夫…だと思います」
店長はふっと視線をバチさんに向ける。ワッフルをゆっくり切り、コーヒーを一口ずつ味わうバチさんをじっと見つめ、やがて大きく息を吐いた。
「良かった。今日のところは大丈夫だな。よくやった……お礼に、今日の給料は少し増やしておくよ」
俺は思わず目を見開く。
「えっ?接客しただけなのに、給料が増えるの…?」
ちらりとバチさんを見る。何気なく食事をしているその姿からは、ただの浮浪者にも見えるのに、一体あの人は、何なんだろう、と胸の奥がざわつく。
そして数分後、バチさんはワッフルを食べ終え、コーヒーを飲み干した。そのままゆっくりとお会計に向かう。
俺はカウンターへ移動し、手元のレジを操作しながら声をかけた。
「◯◯◯円です」
バチさんは右手をそっと右ポケットに差し込み、そこから小銭を取り出す。
その小銭は何とも言えない汚れがあり、ところどころ緑の錆のようなものが浮いていた。
俺は戸惑いながらも小銭を数え、ちょうど足りる額だったのでレシートを手渡す。
「ありがとうございました」と声をかけると、バチさんはふっと笑みを浮かべ、ゆっくりと扉の方を向いた。
「あんたぁ……今日バチ当たらんよぉ」
そう言い残すと、扉を開けて静かに店を出て行った。
何だったんだ、あの人……と思いながらも、俺は仕事に戻った。カウンターに立ち、いつも通りお客さんの注文を捌きながらも、頭の片隅にはあの異様な存在…バチさん…のことが残っている。
その日は特に何事もなく、アルバイトのシフトは無事に終了。帰宅すると、ポケットに手を入れ、給料明細を確認する。すると……確かに、今日の給料はいつもより増えていた。
「……やっぱり、あの人をちゃんと接客すれば、こうなるのか」
そう思うと、正直気味が悪い一方で、少しだけ得した気分にもなる。
その日、俺は心の中で密かに誓った。バチさんという奇妙な常連を、これからも丁寧に接客しよう、と。
その後も、大学の授業をきちんと受けつつ、単位を取りながらカフェのアルバイトを続けた。
バチさんにはしばらく会わなかったが、店長からは「バチさんが来たら必ず丁寧に接客すること」と何度も言われていたため、頭の片隅にしっかりとその教えを置いていた。
やがてある日、仕事を終えた後、店長から声をかけられる。
「今日は少し残ってもらえるか?」























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。