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呪い・祟り

kkさんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

常連客のバチさん
長編 2025/09/29 19:25 7,958view
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これは数年前。俺が大学生の頃、とある古びたカフェでアルバイトをしていた。
駅から少し離れた路地裏にあって、知る人ぞ知るような店だった。木造の扉に色あせた看板。中に入ると、古い時計の音と、コーヒーの香りが静かに漂っている。

常連も多く、年配のお客さんや、一人で読書する人、昼間からノートパソコンを広げている人……派手さはないが、落ち着いた雰囲気で、俺はこの店を気に入っていた。

ただ、この店には、ひとつだけ妙な“決まりごと”があった。

それは「バチさん」という常連を、何があっても追い出さず、必ず丁寧に接客しなければならない、というものだった。

雇われた初日、店長にそのことを言われたことを鮮明に覚えている。しかも、事あるごとに繰り返し警告され、「絶対にバチさんには手を出すな」と念を押された。

好奇心から俺は尋ねた。
「一体、バチさんって何者なんですか?」

店長は肩をすくめるだけで、答えは曖昧だった。
「昔からこの店の常連客だ。それだけだ。」

それ以上聞こうとすると、店長は口をつぐむ。
その時、俺は漠然と考えた。何かしらの訳ありなのかもしれない、と。裏社会の人間とか、そんな類の普通の常連ではない、妙な存在感を持った人間なのかもしれない、と。

ある日のことだった。

カフェの扉がゆっくりと開き、見慣れない客が入ってきた。男……いや、正確には、まるで浮浪者のような風貌だった。古びた帽子は色あせ、髭は伸び放題で、服はどこか汚れが目立つ。見た目だけなら、普通の人なら足を止めてしまいそうな、そんな不潔な印象を与える男だった。

その瞬間、店長の表情がぱっと変わる。声も明らかに他の客に対するものとは違う。
「バチさん! ようこそいらっしゃいました!」

俺は思わず目を見張った。これまで店長が他の常連や一般客に見せる態度とは、明らかに異なる。敬意や親しみが入り混じった、特別な接客だったのだ。

この人が、バチさんなのか。

店長はバチさんを店の奥の隅にある席へ案内した。そこは店内で唯一、ポツンと置かれた二人掛けのテーブル席で、他の客からは少し距離がある。

「こちらへどうぞ、バチさん」

バチさんはゆっくりと腰を下ろす。店長が注文を取ろうと近づき、いつものものでよろしいですか、と尋ねると、バチさんは口を開いた。

その口から見える歯は、不規則に生え、茶色く変色していて、まるで長年手入れをしてこなかったかのようだった。

「ワッフルとぉ……コーヒーィ……ブラックゥ……」

声は低く、少し濁っている。だが注文の内容はしっかりと伝わる。

「分かりました!少々お待ちください!」

店長はそう言うと、俺の方へ歩み寄ってきた。

「ワッフルとコーヒーはあらかじめ作ってあるんだ。ちょっと他の準備をしないといけないから、お願いがある。バチさんのところまで、ワッフルとコーヒーを運んでくれる?」

俺はうなずき、承諾した。

お盆を手に取り、上にワッフルを乗せた皿と、耐熱性のコップに注がれたブラックコーヒーを慎重に置く。少し緊張しながらも、俺はバチさんの席へと向かった。

バチさんの席へ辿り着くと、息を整えながら慎重にお盆を傾け、コーヒーを一滴もこぼさずに机の上に置いた。

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