古いアパートの2階。夜はほとんど物音一つしない静かな場所だった。唯一の騒音といえば、一階に住む大家さんの洗濯機が回る音。夜中に洗濯する人なんて珍しいなと思っていたけれど、それも毎日午前3時に、必ず止まるという奇妙な習性があった。
ある日、深夜までゲームをしていた僕は、ふと耳を澄ませた。ああ、今日も聞こえる。一階から聞こえる、重く、うねるような洗濯機の音。
そんなことを思いながら、僕は寝床についた。ところが、その日を境に、大家さんの洗濯機は回らなくなった。
変なものを見たとか、怖いことが起きたというわけではない。ただ、毎日聞いていた音が、ぴたりと途絶えただけ。でも、それがかえって不気味だった。
心配になった僕は、大家さんに聞いてみた。
「あ、すみません。最近、洗濯機の音聞こえないですけど、大丈夫ですか?」
すると、大家さんは妙に寂しそうな顔をして答えた。
「ああ、あれかい。壊れたんじゃないんだよ。あれは、私の娘の洗濯物なんだ」
大家さんは、僕を気の毒そうに見つめて続けた。
「娘はね、とても潔癖症で、毎日必ず午前3時に、一週間分の洗濯物を洗ってたの。でも、娘がね、先月、急に出て行っちゃったんだ。だから、もう誰も洗濯する人がいなくてね」
しかし、その夜、僕は再び深夜の静寂の中にいた。いつものように、ゲームを終えて寝床につこうとしたその時、耳を疑うような音が聞こえてきた。
「ガタン……ガタン……」
「大家さんかな? でも、なんだろう……」
僕は恐ろしくなって、自室のドアに鍵をかけた。
翌朝、大家さんの部屋の前に、僕は見慣れない大きなダンボール箱が置かれているのを見つけた。
「これは……」
ダンボールには、たくさんの衣類が詰められていた。大家さんの部屋から出てきたものだろうか。
「大家さん、何してるんだろう……」
僕は、再び一階のドアの隙間から耳を澄ませた。
すると、部屋の中から、大家さんの独り言のような声が聞こえてきた。
そして、僕は、大家さんの声に続くように聞こえてきた、もう一つの音に気づいた。
僕の部屋の前に置かれたダンボール箱。その中には、今日僕が着ていた服が、泥まみれになって詰め込まれていた。
血の気が引いた。あのダンボールは、僕が部屋に鍵をかけた後、いったい誰が、どうやって置いたのか? そして、なぜ僕の服が、こんなに汚れている?
恐怖に震えながら、僕は大家さんの言葉を思い出していた。
「あれは、私の娘の洗濯物なんだ」
大家さんは、もう洗濯機を回していない。でも、あの不気味な音は、確かに大家さんの部屋から聞こえてきていた。
その夜、午前3時。再びあの「ガタン、ガタン」という音が、一階から聞こえてきた。僕は息を殺し、耳を澄ませた。
「あら、こんなに汚して……本当に、この子ったら……」























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。