その夜、仕事から帰ると、俺はいつもどおり留守番電話のランプが点滅していることに気がついた。一人暮らしを始めてから数年になるが、大した用事があるわけでもない。たいていは親からの「元気?」というたわいないメッセージか、不動産会社からのセールスだ。
メッセージを聞き始める。
「もしもし、元気にしてる? あんまり電話に出ないから心配で…。ご飯ちゃんと食べてる? 今度また何か送るわね」
うん、まあ元気だし、ちゃんと食べてるよ。そう心の中で返事をする。
よし、返信しとこう。そう思いながら、3件目のメッセージに移ろうとした、そのときだった。
「ピー」
その音とともに何件もの留守番電話が来ていた。
まず入っていたのは母親からの心配そうな声。
2件目は、大学時代の友人からの他愛ない近況報告だった。
「久しぶり!来週の金曜、空いてる?ちょっと飲まない?」
3件目のメッセージの再生が始まったのだが、沈黙が続く。
電話の向こうから聞こえるのは、微かに混じる雑音だけ。
誰かのいたずらだろうか、それとも間違い電話か。
「………あ、もしもし」
女性の声だ。ひどく震えていて、聞き取りにくい。
「すみません、今、どこですか……?」
俺はなんだか背中がゾワッとして、受話器を耳に押し当てた。
「え?聞こえますか?」
こちらの声は聞こえないようだ。
「……助けてください、ここから出られないんです」
「……あれから、もう一時間経ったわ」
彼女は、なぜか俺が最後のメッセージを聞いた時間と、まるで同じタイミングでメッセージを入れているようだった。
「もう疲れちゃった。暗くて何も見えない……」
電話の向こうからは、ガタガタと何かが揺れるような音が聞こえる。
俺は急に嫌な予感がして、受話器をスピーカーに切り替えた。
すると、メッセージの音量が大きくなり、より鮮明に聞こえてきた。
ガタガタという揺れる音、それに混じって、何かが壁を引っ掻くような「バリバリ」という音。
そして、女性のすすり泣く声。






















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