私は職場とは逆方向の、自宅方面へ歩き出す。
そして、考える。
あの不思議な墓石は、いわゆるチートアイテムだ。
何度でも人生をやり直せるってことは、自分にとって最高の選択肢を選び続けることが可能ってことで、そんなの最高じゃん。
でも、ひとつ障害というか、デメリットがある。
それは多分、死ななければならないってこと。
いや、逆に考えたら、何回でも死ねるってことなのかな?
でも、何回でも死ねる人生って、なんかそれで良いのかなとも思う。
人生は一度きりだから美しいとかは思わないけど、でも、何回死んでも問題ないみたいなのって、私の中の倫理観っていうか、人生観みたいなのとはちょっと異質なもので、〈死〉ってそういうものじゃないんじゃないかな? 気軽に死ねるって、生を軽んじることになりやしないだろうか。
歴史を振り返るまでもなく、有史以来たくさんの人が死んでいって、その人たちは生き返ることなく死んでいって、でも、やっぱりみんな必死だったんじゃないかな。
病気と闘って、社会と闘って、自然と闘って、自分自身と闘って。
傷ついて、傷つけて、そうやってみんな生きて、死んでいったはず。
でも私は、ただ石に祈るだけで、その死をなかったことにできるという体験をした。事故で失った命を取り戻したんだから、嬉しいに決まってるし、感謝こそすれ、悪態をつく気なんて全くない。
でも。
私はもう、あの墓石に祈るのはやめようと思う。
一度は神の奇跡を享受してしまったのは事実だけれど、もう二度と近寄らないと誓う。
私の人生は、確実に正解だけを追い求めるものにはしたくないから。
二十歳そこそこなんて、まだまだひよっこも同然で、人生を語るなんて烏滸がましいことこの上ないけれど、でも、だからこそ、私の人生の軌跡は胸を張って答えたい。
今、この瞬間、私が選んだ選択肢こそが、私の正解なのだから。























じいさんは毎日来てるって事は毎日死んでるって事なのか