「もーいいかい?」
呼吸もゆっくりと鼻でする。音が出たらバレちゃうから。
「……」
お母さんは黙って、暫く顔を天井に向けて、何か考えてるみたいだった。
手当たり次第探すのではなくて、きっと狙いうちして僕を探す気なんだろう。
お母さんは賢い人だからな。
「……」
ゆっくりと立ち上がって、キッチンへ移動するお母さんを目で追っていると、シンク下の棚を開けて、包丁を取り出した。
あれ、かくれんぼの途中なのに、ごはんでも作るのかな。
まだ夕飯にはちょっと時間も早いし、僕を見つけてからでいいのに。
いや、僕はきっと見つからない。だってこんな隠れ方するなんて想像もできないだろうから。
「もう、いいかい」
包丁を握りしめたまま、もう一度お母さんはそう言った。
「もう……いいかい」
言いながらこちらを振り向いたお母さんは、泣いていた。
「もう……いいよね」
ここからでも分かるくらいお母さんは唇を震わせて、身体ごと震わせて、手に持った包丁もやっぱり震えていて、僕はお母さん大丈夫かなとちょっと心配になるけど、今はかくれんぼの最中だし、僕が見つかるか、お母さんが降参してからお母さんを慰めてあげようと心に決める。
ゆっくりと、でもまっすぐに僕に近づいてくるお母さん。
もしかして、気づいたのかな?
流石お母さんだ。
僕の考えなんてお見通しなんだろうな。
だったらせめて、急に飛び出して驚かしてあげよう。
きっとびっくりするだろうなぁ。
ストンと山盛りになっている本の前に腰を落としたお母さんは、僕を覆い隠している本をひとつひとつ取り除いていく。
僕はタイミングを見計らう。
いつ飛び出すのがいいんだろう。
一番びっくりするのは半分くらいなくなってからかな。
お母さんはやっぱり泣いていて、右手に握った包丁を手放すことはなく、左手で本をどかす。
あ、今お母さんが持ってるやつは、僕の三十歳の誕生日に買ってもらった漫画だ。
現世でいじめられていた子供が異世界に転生して大活躍するハーレム冒険活劇で、アニメ化だってしたし、僕も大好きなシリーズなんだ。
お母さんに何時間もかけてあの本の面白さを説明したけど、お母さんは「楽しそうだね」としか言ってくれなかったな。
























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