名札を挿したとき、ふと違和感があった。
ほんの一瞬、指先にざらりとした感覚が残った気がしたが、すぐに流してしまった。
名札には「藤原裕也」と書かれている。
当然だ。免許証にも、社員証にも、全部そうなっている。
けれど、その名前を心の中で繰り返すたび、喉の奥に小さな棘のようなものが引っかかっていた。
まるで、その名前が誰か別の人間のもののように思えた。
その夜、たまらず実家に電話をかけた。
「なあ、俺の名前って……なんだったっけ?」
母は笑っていた。
『なにそれ、こわい。藤原裕也でしょ? 変なこと言うね』
「……だよな」
納得したふりをしながら、胸のざわつきは増していく。
中学時代の友人にも、LINEを送った。
「俺の名前って昔から藤原だったよな?」
「は? どうした。物忘れか?」
茶化すような返事が来て、それ以上は深く訊けなかった。
けれど、胸のもやもやはどうにも消えてくれなかった。
そんなタイミングで、お盆が近づいていた。
珍しく有給が取れたこともあり、三年ぶりに実家へ帰ることにした。
母は変わらず元気で、俺の顔を見るなり「痩せた?」と笑った。
仏壇に小さなスイカ、障子越しの扇風機、遠くで鳴く蝉の声。
何も変わっていないその空間に、少しだけ安心する。
夕飯のあと、母が押し入れから何枚かDVDを出してきた。
「懐かしいでしょ。小学生のときのやつ、見てみる?」
テレビにディスクを入れて、並んでソファに座る。
画面には、小さな庭と、麦わら帽子の男の子。
しゃがみ込んで線香花火に火をつけている。あれは、俺だ。
映像の外から、母の声が響いた。
「かずまー、ちゃんと持ってなさいよー」
























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