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不思議体験

入月麗奈さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

似非幸福論
長編 2025/07/15 17:30 3,642view
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夢は叶った瞬間冷めてしまうみたいな話を聞いたことがあるけど、なんか分かるわーって最近思うんだよ。

別に自分が社会の上澄みだとか思ってはいないけど、多分世間一般の四十代男性と比べたら、まあだいぶ充実してるとは思うし、それなりに羨ましいと思われる生活はしてるんじゃないかな。

一戸建てではないけど、結婚を機にマンションを購入したし、嫁も娘も美人で可愛い。身内贔屓が過ぎるかもしれないけど、俺にはもったいないくらいの優れた嫁と、友達に囲まれていつも楽しそうな娘が我が家にはいる。

年収は六百万くらいだけど、贅沢しなければ家族三人十分暮らしていける。貯金もそれなりにあるし、娘が中学生になったら嫁もパートでもしようかななんて言ってるから、金の心配はほとんどない。

仕事はSEで、基本はリモートワークだから気が楽だし、人見知りな俺としてはかなりありがたい。

プロジェクトごとにSlackでタスクを割り振り、週1のZoom会議で進捗報告。それ以外はほぼ一人で作業できるのだから、ある意味天職だと思ってる。

同僚もプライベートに干渉してこないし、俺も仕事以外で関わるつもりはないから、ちょうどいい距離感で働けている。

身体も特に不調はないし、年齢のせいか、多少は疲れやすくなったけど、在宅ワークの割には体力がある方だと自負している。

という感じで、人生に不満なんて微塵もないのだけれど、でも、時折なぜか虚しさを覚える瞬間がある。

うろ覚えだけど、昔どっかで見たニュースで、誰もが羨む生活をしている専業主婦が、知人の目の前で焼却炉に飛び込んだなんて話もあったらしい。たしか理由は「あまりにも幸せ過ぎて、この幸せを失うのが怖いから」だった。

当時は、なんて贅沢な悩みだとか馬鹿にしてたけど、正直今の俺は少しだけ彼女の気持ちが理解できてしまう。

この幸せを失くしたくない。
今の環境を失うのが怖い。

全く同意見だ。

でも、人生なんて何が起こるか分からなくて、当たり前だった日常は、ある日突然、脆くも崩れ去ってしまうものなのだ。

なんの変哲もなければ、なんの予兆もなく、その日、その瞬間は訪れる。

その日俺は仕事が休みで、たまには家族サービスでもするかなと、得意料理を披露するつもりで冷蔵庫を開けたものの、中は食材が何も入ってなくて、曜子にしては珍しいなと思いながら財布をエコバッグに入れてスーパーに向かう。

そういえば、あいつらどれくらい食べるんだろう?
手料理を振る舞ったことなんてなかった気がするな。
まあ別に他人を招いてご馳走するわけでもなし、無難に生姜焼きでも作るか。加奈の好物だからな。

適当に野菜だのお菓子だのを選んでから三ツ矢サイダーをカゴに入れて、苦笑する。
炭酸も甘いものも好きじゃない俺は、自分のために炭酸ジュースなんて一度も買ったことがない。こういう買い物も、娘ができてからだな。

思えば生活はかなり変化した。当たり前だけど、やっぱり自分1人じゃないっていうのは、責任っていうプレッシャーもあるけれど、同時に多幸感も齎してくれるものなんだ。

あれこれ感慨に耽りながら店内を回っていたら、思いの外買い過ぎてしまって、パンパンに詰められたエコバッグを両手で担ぎ上げるようにしながら持ち帰る。

家までこんなに遠かったっけとか思いながらようやく自宅に着いて、玄関前でポケットから鍵を取り出し鍵穴に入れてから、違和感を覚えた。

鍵がかかってない……?

あれ、締め忘れたっけ。久々に作る料理のことで頭が一杯だったのかもしれない。
曜子は確か友達の狩野さんと出かけてるはずだし、加奈も友達の家に遊びに行ってる。

ということは、俺が締め忘れたということになる。
我が家は女性が二人いるから、戸締まりはいつも細心の注意を払ってるつもりだったが、二人が出かけてるからって気が緩んでいたんだろうか。

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