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ないものさんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

怪獣おじさん
長編 2025/05/19 17:09 3,937view
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 中学校に入るくらいの頃には、まわりのみんなも成長して、からかうような人はいなくなった。
 怪獣おじさんは、もはやこの土地の“風景”とも呼べるような、そんな感覚だった。

 そんな距離感を保っていたんだけど。
 ある日、怪獣おじさんが交通事故に遭っちゃった。トラックに撥ねられた、って聞いた。

 町中がしんみりしていた。……というよりも、異様なまでに“沈黙していた”と表現したほうが正しいかもしれない。それまで無口だった大人たちが、より黙り込んで、ただ遠くを見るような目をしていた。

 そのあと、土地をあげての盛大な葬儀が行われた。
 知らないお坊さんみたいな人もいたし、式次第も宗派とか全然関係なさそうだった。私も参加させられた。

 生まれて初めての葬儀だったこともあって、すごくはっきり覚えている。「お葬式ってこういうものなんだ」って思ったけど、今思うとあれは本当に異質だった。参列者の表情、遺影の色、鳴り響く鳴き声のような音……そんな、普通ではないものがずっと入り混じっていた。
 誰も気にしてないふりをしてたけど……私だけじゃない、みんな聞こえてたはず。

 その翌日から。

 町全体が、なんというか……“揺れてる”感じになって。道路に亀裂が走ったり、電柱が倒れたりとか、そういう物理的な話じゃない。もっと、空気とか、視界の端とか、音の抜け方とか、そういうのが歪んだみたいな感覚。
 学校は一時休校になるし、大人たちはずっと騒いでいるし、ほんとうに、ずっと変な感じだった。

 そんな中、祖母が私達に、すごい剣幕で言ってきた。
「……悪いことは言わない。すぐにこの土地を出なさい。もう、ほどいてくれない」

 祖母ははっきりとは言わなかったけれど、多分これは怪獣おじさんの話をしているんだろうな、と瞬時に思った。

 「ほどいてくれない」はなんのことか今でもさっぱりわからないけど……結局、私達はすぐ引っ越して、そこからはあの土地にも帰ってないし、祖母とも連絡を取ってない。

 * * *

 話し終えた佐々木さんは、「ふふ、なんか変なこと話しちゃったね」と、おどけたように笑いましたが……その笑顔はどこか曖昧で、ほんの少しだけ揺れているようにも見えました。

 村瀬が箸を置いて、しみじみとした口調で言います。
「で、その土地を出てきて、今に至るってわけか。なるほどね」

 わたしもグラスを持ち上げながら、相づちを打ちました。
「その“怪獣おじさん”って、結局なんだったんだろうね」

 すると、村瀬が間をおいて、少し首をかしげるようにして、ぽつりと呟きました。
「あれじゃない? “怪獣”じゃなくて、“解呪”だったとか……いや、ないか。さすがに」

 その瞬間、佐々木さんの顔から、ふっと笑みが消えたように見えました。
 一瞬、呼吸が止まったような静けさがテーブルを包みます。

「……あー、それ、言われてみたら、そうかも」
 彼女はそう答えましたが、その声はどこか上の空。口元はまだ笑っているのに、目だけが遠くを見つめています。

 しばらくして、そのまま静かにグラスの水を飲み干すと、目を伏せてしまいました。……まるで、まだそこに“怪獣おじさん”が立っているのを思い出しているかのように。

 それから先は、自然と会話が途切れることが増えていきました。
 誰が悪いということではなくて、ただ何となく、聞いてはいけないことを聞いてしまったような、そんな空気が、じわじわと漂ってきたのです。
 お酒も進まず、時間だけが流れて――やがて、わたしたちは「そろそろ帰ろうか」と互いに言葉を交わすこともなく、ゆっくりと立ち上がりました。

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