とトンネル入口の方からまた男の声と足音がする。
するとさっきと同じように作業着の男が俺たちのところに近付いてきて、
「あんたたち、大丈夫か?」と尋ねる。
椛島が頷くと男はまた俺たちの前を通り過ぎ、出口に向かって走り出した。
呆然として男の遠ざかる背中を見ながら立ち尽くす俺を尻目に椛島は「じゃあ、そろそろ行くか」というと、さっさと入口に向かい歩きだす。
ハッとして正気を取り戻した俺は、彼の背中を追って走り出した。
※※※※※※※※※※
帰りの車の中で憮然として腕を組む俺の様子を見かねて、椛島が話し出す。
「実はあのトンネルは元々廃墟マニアの友人から教えてもらったところなんだけどな、
昭和の中頃の夏にあった大型台風で土砂崩れが起こり出入口が封鎖され、数十人の男女や子供が閉じ込められたらしいんだ。
しかも事故直後にたまたま出口を通りすぎようとしたトラックが土砂のためトンネル内で横転した。
トラックには有毒ガスの入ったタンクが乗せられていたらしくて、一気にトンネル内にガスが漂い始める。
一刻を争う事態で警察や消防が来るのを皆が手をこまねいて待っている中、突然一人の作業着にヘルメット姿の男が現れトンネル入口に走ると、皆が止めるのを無視して重なりあう岩や土砂の隙間にどんどん潜り込んでいった。
あんな入口の状態で中に入れるはずないと思いながら皆が見守っていると、なんと数分で彼はトンネル内に入り込んだそうだ。
それから急いで助けを求める人々のところへと向かったみたいなんだが、その時にはすでに有毒ガスがトンネル内を充満していて人々のところにたどり着くまでに意識を失い力つきてしまったらしい。
結局この事故で十数人の男女や幼い子供そして救出に入った男が1人、犠牲になったそうだ」
「で結局、その男は何者だったんだ?」
俺が気になっていたことを尋ねると、椛島が続ける。
「後ほど警察により犠牲者の身元が確認されたのだが実は作業着の男というのは、トンネル近くの集落に住む41歳の男だと分かったらしい。
男は部落でも有名な筋金入りのニートだったそうで、なんでも中学校の時にいじめに合って以来40過ぎになるまで家に閉じ籠っていたそうだ。家族の者には常々、俺はいずれ世の中の役に立つような大きなことをやると豪語してたらしい。
それでトンネルの事故の一報を家族の者から聞いた彼は何を思ったのか、作業着にヘルメット姿で家を飛び出したらしい。
ただ可哀想に、結局彼は志し半ばで亡くなったんだ。
それからというもの毎年台風のシーズンになると、男はああして繰り返しトンネル内を走り続けてるんだ。
実らなかった願望を成し遂げるかのように。
そして俺は毎年この季節になると、あそこに行くようにしている」

























怖ー
コメントありがとうございます
━ねこじろう
怖いけど切ない。良いお話をありがとうございました。
コメントありがとうございます
─ねこじろう