ひとつ歳上の斉田さんから聞かせて頂いた体験談。
「結局、あの人誰かわかんなかったんだ」
斉田さんは高校生の頃、盲腸で入院することになった。母親の運転で実家がある山梨の病院へ向かっていたときのこと。
車を走らせている最中、突然後ろからボンッと何かを叩きつけるような音が聞こえてきた。左側は土砂崩れ防止用の四角い形をしたコンクリートの斜面。右側にはガードレールの向こうに街が広がっている。そんな道なので、斜面から石か何かが転がって車に当たったのかもしれない。
「病院に着いたとき、念の為見てみたんだよ。そしたらさ」
ブレーキランプ付近に、泥のついた手で触った後のような汚れが付いていた。乾いた後でカサカサしている。
気持ちが悪いと思ったが痛さでそれどころではなかったため、すぐにこのことは忘れてしまった。
「さとうです。よろしくお願いします」
30代くらいの「さとうさん」という看護師が担当してくれることになった。穏やかな話し方は痛さを刺激することはなく、安心して身の回りのことを任せられそうな様子。だがひとつ、気になることがあった。
「たぶん新人だったのかな。採血するとき針刺すだろ?それを2.3回くらい刺し直されて痛くて痛くて。で、まぁそれはいいとして」
使い終わったガーゼや採血後に貼る止血用の絆創膏が、砂を触った後の手で対応したかのように若干、茶色く汚れていたのだ。針を刺すことに関しては得手不得手があるかもしれないが、衛生面に関しては気をつけられる。
それからも何度か不衛生なガーゼ、絆創膏を使用されたのでこれはさすがにと、次の機会に伝えることにした。
しかし、その機会は訪れなかった。
ある日のこと。いつもの時間に看護師が来たのだが、さとうさんではなかった。
「あの、さとうさんに伝えてほしいことがあるんですけど」
「さとうさん?」
「丁寧なのはいいんですけどガーゼとか絆創膏が汚くて。それを使われ続けるのは、というか前もって手を洗うとか」
冷静に伝えるつもりがだんだんと熱がこもってしまい語気が強くなってしまった。が、それを打ち消すような返事が返ってきた。
さとうという名前の看護師は居ない。
いや、そんなはずはない。
2.3日とはいえずっと身の回りのことや採血などもしてもらっていたのだ。
カルテには検査を行ったとの記録もしてあり、他の看護師達は何の疑いもなく受け入れてしまっていたそうだ。
それならば部外者が入ってきて代わりに検査をしていた?そんなことがあるわけがない。ガーゼや絆創膏が汚れているいないの問題ではなくなってきた。
担当看護師が変わり無事、退院することはできたが、その後病院から「あってはならないこと」だと正式に謝罪をされ気持ちの品を渡された。
退院日。例の道で帰っていると、あの音がしたガードレール付近に花束が添えてあるのを見かけた。この道であったことと、さとうさんは関係しているのだろうか。それとも。
(※斉田さんのお名前のみ改変しています)
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