「また来るよ、雪乃」
まともに雪乃の顔を見られなかった。最近はこんな日がずっと続いている。
甘い夢は慰めでもあり、劇薬でもある。こんなことではいけない。
俺は、もっとちゃんと、雪乃と向き合わなくては。現実から逃げる事は、出来ないのだから。
「……ただいま」
扉を閉める音が妙に響く。誰も待っていない家に帰るのも、大分慣れた。
「そういえば、何か書類が必要とか言ってたな」
雪乃の入院以降、様々な手続きに追われていた。こうした現実的な雑務をこなしていると、雪乃の事も夢の事も忘れられる。
「こういうことは、全部雪乃に任せっきりだったからなあ」
苦笑いしながら、心当たりの引き出しをあらためる。
が、目当ての書類は一向に見つからない。こうなると「そんなところにあるはずないのに」と思いつつ、家じゅうの収納という収納をひっくり返すことになる。
寝室にある雪乃の化粧台も例外ではない。
その引き出しの中には、小さな紙袋が入っていた。
何となく高級そうな雰囲気がある。恐らく何かブランドのものだ。
そのブランドロゴは、俺のこれまでの人生では全くなじみがないものだった。しかし、俺は、それをよく知っている。
あの感覚がよみがえる
現実が浸食されていく、あの薄暗い感覚。
「俺は、何を考えている」
自分でもバカバカしいと思う。まだ、夢と現実の区別は付いている。俺は今、現実の世界を生きている、はずだ。
紙袋の中には、メッセージカードが入っていた。そうだ。そこには俺の名前が書いてあるはずで、これは雪乃が用意した、俺へのプレゼントに違いないんだ。
カードをゆっくり開く。指先が震える。この震える指は俺の指だ、他の誰のものでもない!
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「ねえ、きいてる?葉介君」
「え?」
「聞いてなかったでしょ?」
「君は、美咲、か?」
「何言ってるの?」
「……違う、君は美咲じゃない。これはただの夢じゃない。僕は……俺は葉介じゃない!」
「葉介君?大丈夫?」
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