「それで話ってなんなんです?」
寂れた居酒屋の一角、テーブルを隔てて私の向かいのソファに座る人物、年の離れた友人であるN氏に問いかける。
「まぁまぁ、せっかく久しぶりに会ったんだしさ。ゆっくり話そうよ」
初老の男性は苦笑いしてそう答えた。
「それにしても久しぶりですね。Nさん、全然連絡くれなかったから心配したんですよ」
「はは、フィールドワークに集中していてね」
N氏は文化人類学者だ。文化人類学とは人間の文化、社会の構造を研究する学問だ。ざっくりいうとこんな感じか。私も大学の講義で少し齧った程度だから詳しいことは分からない。
「フィールドワークって民俗学のイメージでしたけど」
私がそう返すとN氏は表情を変えずに続けた。
「うん、間違いではないね。でも、文化人類学でもフィールドワークはするんだよ。なんというのかな。研究対象のコミュニティの人達にインタビューしたり、時には彼らと一緒に生活してみたりするよ。今のはほんの一例に過ぎないけどね」
「そうなんですね。でも、返信は早めにしてくださいね。心配ですから」
「ありがとう、こんな老いぼれを気にかけてくれて」
返す言葉に詰まる。実際、私とN氏は親子くらい年齢が離れている。彼と私は数年前にSNSのオカルト好きが集まるコミュニティを通じて知り合い、いつの間にか、こうしてたまに飲みに行く仲になった。
そんなことを考えているとN氏が切り出した
「実はもう君と会えないかもしれない」
「え?どうして」
私は驚き、食い気味にN氏に問いかける
「今日呼び出した理由はこれだよ。同じ趣味の仲間として忠告しよう、怪異に深く踏み込んではダメだよ」
「それってどういう⋯」
「実はね」
N氏は自らに起こったこと、厳密には今も起きていることを話し始めた。
N氏は××県の山奥にある村へとフィールドワークに行った。その村では独自の決め事、いわばルールのようなものが今でも強く根付いているということだった。彼はそれが現代社会とどのように関係するのか調査したかったのだという。
「詳しくは言えないけど、村長にこれだけは守れと言われた事があってね。ある条件下では、絶対に家から出てはいけないという決まりがあったんだ。外にいたら直ぐに家に帰るか、他人の家に無理言って入れてもらえってね」
「その条件ってのはなんなんですか?」
「言ってしまうと君にも害が及ぶかもしれない⋯」
N氏は続ける。
ある日の夕暮れ時、仲良くさせてもらっている村人の家にお邪魔させてもらい、雑談をしていた。すると、急にその村人が今日はもう帰るか、泊まっていきなさいとN氏に告げたのだという。
彼はその時に村長に言われた、絶対に守れと言われた事が今まさに起きているのだと実感した。大人しく言うことを聞けばよかったものの、N氏はオカルト好き。悪い癖が出てしまい、そのまま村を散策した。
皆家に帰った村は妙に不気味で、まるで廃村のようだったとN氏は語る。
一通り村を散策し終わり、何も起きなかったなと思いながら自身が寝泊まりしている借家の前に着いたN氏の身に『何か』が起きた。























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