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どこかで見た話さんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

絹の耳
短編 2025/11/16 16:06 990view

昔、出雲の国に、絹を織るのを生業とする女があった。

その名を「志乃」と言った。

志乃はまだ若く、夫も子もなかったが、その手業は村一番とうたわれていた。とくに耳にあてたとき、すう……と風のように響くほど薄く、美しい布を織るというので、人々はそれを「絹の耳」と呼んだ。

志乃が糸を染め、織るのはいつも夜のうちだった。

朝になると、機(はた)の音もなく、ただ細い布が一本、戸口の前に掛けられているだけであった。村人たちはそれを買い求め、祭りの装いや、祝いの品に使った。

あるとき、隣村から旅の法師が来た。風雨に難儀し、志乃の家に一夜の宿を乞うた。

志乃は無口にうなずき、火鉢の炭を掘り起こして客を迎えた。法師は歳若く、声も穏やかであった。

夜が更けると、法師は不思議な話をした。

「この世には、音を食うものがいるそうです」

志乃は眉も動かさなかった。

「音を食う?」

「はい。人の口音、鳥のさえずり、風のそよぎ――そういったものを少しずつ、少しずつ食って生きるのだそうです。中でも、人が忘れた声が、いちばん美味なのだとか」

志乃は火鉢の灰をつついた。

「……忘れた声?」

「そうです。たとえば、幼子の泣き声や、老いの寝言――死者のことば。もう誰も聞かない音。そういうものです」

それを聞いて、志乃は初めて、わずかに口角をあげた。

「……それなら、わたしの布も食べられてしまうかもしれません」

法師はその言葉の意味がわからず、ただ微笑んだ。

その夜、法師は志乃の家に泊まったが、ふと夜中に目を覚ますと、どこかで「キリ……キリ……」と細い機の音がする。

音は、すぐそば――いや、頭の上から聞こえるようでもあった。

家の天井を見上げても、闇が広がっているだけだったが、耳を澄ますと、確かに誰かが機を打っている。

不思議なことに、その音を聞いていると、心が妙に静かになる。何か、大切なことを思い出しかけて、けれど届かぬような――そんな気持ちになった。

翌朝、法師は旅立った。

志乃は戸口に一筋の布を掛けていた。それは、淡い灰色の地に、かすかに金の縞が通った、これまで見たこともない美しさだった。

法師は礼を言って去ったが、その後も、奇妙なことが胸に引っかかったままだった。

数年後、再びその村を訪れたとき、法師は志乃の家を訪ねた。

だが、家はすでに朽ちかけており、戸も半ば崩れていた。

近くにいた老婆に尋ねると、志乃は三年前に亡くなったという。

「最後は耳が聞こえんようになってな。それからは布も織らなんだ。機の音もしなくなって、ようやく静かになったもんじゃよ」

法師は奇妙に思った。志乃は静かに布を織っていた。機の音など、聞こえた記憶がない。

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