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ヒトコワ

はどはどさんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

「もうすぐ」
短編 2025/03/13 12:05 1,026view

廣中(ひろなか)という男がいる。
小さな広告代理店で働いているらしい。彼を初めて見かけたのは、先月のことだった。

ある深夜、僕はマンションの前にある小さな公園のベンチに座っていた。
会社をクビになって、家に帰る気になれなかった。缶ビールを片手に、これからどうするべきかと項垂れていた。

そんなとき、マンションから誰かが出てくるのが見えた。スーツ姿の男性で、くたびれた様子だ。
その男(後に廣中と知ったが)はエントランスで立ち止まり、何かを思い出したように空を見上げて溜息をついた。彼の疲れた表情に、どこか共感を覚えた。

僕がもう一本缶ビールを開けていると、彼は再びエントランスから出てきた。手にはゴミ袋。僕は何となく、彼の動きを目で追っていた。
廣中はゴミ置き場に向かい、ネットをめくってゴミ袋を入れた。そこで彼はピタッと動きをしばし止めた。何かに気づいたんだろうか?でもしばらくしてから、肩をすくめて戻っていった。

僕はマンションの前の公園に理由もなく通うようになった。クビになって時間を持て余していたし、家にいるよりも公園にいるほうが気が楽だったのもある。それにあの男の事も妙に気になっていた。
ある日、僕は彼に話しかけてみた。マンションのエントランス前で、偶然を装って。

「お疲れっす」

彼は少し驚いたようにこちらを見た。でも何も言わずに会釈だけして中に入っていった。
翌週、再び彼がゴミを捨てに来る夜、僕は少し離れた場所から彼を見ていた。いつもと同じ動作で、彼はゴミ袋を持ってゴミ置き場に向かう。

でも、その夜は何か違った。彼の影が、街灯の光の下で二つに見えたのだ。一つは彼の足元にくっきりと映る普通の影。もう一つは、なぜか少し遅れて動く、もやっとした影。
まあでも、光の加減で影が二重になることはあるし、多分気のせいだろうと思った。

翌朝、マンションの住人がやたら騒いでいるのが聞こえた。どうやら301号室の住人が行方不明になったらしい。廣中の部屋だ。

「昨日の夜から連絡が取れなくて…」

彼の勤め先の同僚が警察に話しているのが聞こえた。
でも、それはおかしい。昨夜、確かに彼がゴミを捨てに来るのを見た。
その日の夜、僕はマンションの前で彼を待ってみた。予想通り、いつもの時間に彼は現れた。

相変らず疲れた顔で。でも、なぜか表情が少し固い。

「こんばんは~」

と僕が声をかけると、彼はようやく僕に気づいたように顔を上げた。

「あ、どうも」

その声は、少し掠れていた。

「大変だったんですね、警察が来てたみたいで」

「…、警察?」

彼は首を傾げた。

「はい、廣中さんが行方不明になったって…」

「いや、僕は廣中じゃないですよ。人違いじゃないですか?」

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