牛の首の村

山深い森に囲まれた小さな村に、「決して口にしてはならない言葉」があった。
それは――「牛の首」。

1. 村の掟

都会から来た若い教師・藤村拓也は、この村の分校に赴任したばかりだった。村は静かで、村人たちは穏やかだったが、どこかよそよそしく、ある種の緊張感が漂っていた。

ある日、授業を終えた後、一人の少女が拓也の元に近づいた。

「先生、牛の首の話……知ってますか？」

少女の名前は沙耶。好奇心旺盛な子だった。

「牛の首？」

拓也が尋ねると、沙耶の顔はみるみる青ざめた。

「……ごめんなさい！」

そう言って、彼女は慌てて走り去った。

その夜、宿舎で村の歴史を記した古い本を読んでいると、「牛の首伝説」という項目を見つけた。

「かつて、この村に現れた怪異――それは牛の首を持つ異形の怪物だった。
ある年の秋、村人の一人がこの怪物を嘲笑った。すると、その者は翌朝、首を失い、屍となって発見された。
その後、怪物の名を口にした者は次々と行方不明になったという。
以来、この村では『牛の首』という言葉を決して口にしてはならない掟が生まれた」

「まさか……そんな馬鹿な」

拓也は思わず笑ってしまった。迷信にすぎない。そう思いながら、彼は本を閉じた。

2. 忌まわしき蹄の音

それから数日後、村の広場で子供たちと遊んでいると、ふと気づいた。沙耶の姿がない。

「沙耶は？」

拓也が尋ねると、他の子供たちは一様にうつむいた。

「……牛の首を言ったから、連れていかれたんだよ」

「なんだって？」

拓也は急いで村長の家へ向かった。

「村長！ 沙耶がいないんです！」

しかし、村長は険しい表情を浮かべ、低い声で言った。