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ヒトコワ

マチノスケさんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

あの日みたいに
長編 2025/01/01 21:23 1,350view

 ……教室の窓から、飛び降りました。

 彼女は真っ逆さまに落ち、その顔は誰なのか判別がつかないほどグチャグチャに潰れていたのだそうです。

 私がしたことは間接的とはいえ人殺しです。しかしクラスの皆が加害者が私だと言い出せなかったこともあり、彼女が命を断ったあとの騒動と「いじめ」という言葉で覆い隠されて、結局は全てが有耶無耶になりました。私は自分の記憶に蓋をして、無かったことにしようとしていたんです。私は一人の人生をつぶして、今のうのうと生きているんだなと思いました。そのことに彼女は怒り、私を憎んでいるのだろうと。塗りつぶされて見えないけれど、夢の中にいる彼女の表情もそれらに満ちたものなのだろうと。「あの日」というのは私が彼女を虐めていた日々か、彼女が飛び降りて死んだ日のことなのだろうと。

 ──私はどうだったのだろうとも思いました。

 その夢を見たことで、中学生の頃に彼女を虐めていたことは思い出しました。でもその動機や当時の心境は、夢を見た後であっても抜け落ちてしまったかのように思い出せないんです。

 ……彼女を虐めていた時の情景を、思い浮かべてみます。

 窓から夕暮れの光が差し込む、少し埃っぽい放課後の教室。最後の授業が終わってから時間が経って、私と彼女のほかに誰もいなくなった教室。電気を消してドアを締め切った、薄暗い教室。外からゆるやかに聞こえてくる、部活動に勤しむ生徒達の声と、雑多な街の喧騒。からっぽの机、プリントがぐちゃぐちゃに詰め込まれた机、几帳面に教科書が置き勉された机。中途半端に消されかけた黒板。教壇側、左の隅っこにうずくまっている彼女。その彼女を見下ろして虐めている私。

 今まで埋もれていた記憶にしては、やけに細かい所まで生々しく映像として頭の中で再現出来るのです。でもそこにいる私の顔だけは、夢の中での彼女の顔と同じで塗りつぶされたかのように見ることが出来ないんです。なぜ私は、何を思い、どんな表情で彼女を虐めていたのだろう。ただ単に気に入らなかったからでしょうか。先に彼女が私に何かしていて、その復讐だったのでしょうか。それとも別の何かに対する苛立ちや妬みなどを、理不尽にも彼女にぶつけていたのでしょうか。

 それに腑に落ちないことがもう一つありました。あの日というのが私が彼女を虐めていた日々だとして、あの日「みたいに」とは何なのでしょうか?夢の中では聞き取れない部分で、彼女は何と言っているのでしょうか?その部分に、自分がまだ思い出せない記憶の答えがあるのかもしれない。でも、そう思うと途端に怖くなってしまうのです。ほかの全てが思い出せた中で、それだけが思い出せないのは「知ってはいけない何か」があるからではないかと。自分が記憶から消した行為なだけに得体が知れないし、恐ろしい。でも気になって気になって仕方がなくて、恐ろしいという感情を無視して吸い寄せられていく。そんな薄暗くまとわりつくような、蔦が絡みつくような恐怖に私は徐々に蝕まれていきました。

 夢を見始めてから一か月ほど経った時に、その日はやってきました。

 ええ、私が狂ってここに来た日です。その前日の夜は、夢の声が一段と大きく私を搔き乱していました。何重にも重なった声が頭の中で響いて、頭が割れそうになるほどの痛みに襲われていました。夢の中で耳をふさいでも何をしても、その声は止むどころか更に厚みと音量を増していきました。とうとうダメだと思った私は、夢の中で必死に彼女に謝ったんです。

 ごめんなさい。

 全部、私が悪い。

 しかも、忘れてしまって。

 許してください。

 全部、思い出すから。

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