だが、今日は違ったようだ。
「また…あの席に座るのね」
冷たいがどこか艶のある声が呟いた。
一瞬誰が喋ったのか分からなかったがその場には俺と鎖しか居なかったので必然的にこいつかとなった。
声自体初めて聞いた事に驚き、またその言葉が俺に向けられた言葉だと認識して驚いた。
「えっ、なっ…なにが??席?」
「…………」
「あー……席って…あのいつも空いてる席の事……は、ははは……変だよなあれ…あそこだけいつも空いてて……」
「…………」
やっぱりこいつじゃなくて別の女性がたまたま近くを通りかかって、その女性が喋ったのではないかと疑いたくなってきた。
しかし鎖は少し間を置いてまたポツリと呟いた。
「私だったら……あんな席……絶対座らない」
「え……それは……どういう」
鎖の意味深な言葉に追撃をしたくなったがそこでバスが来てしまった。
俺がぼーっと立っているのを見て鎖は俺を抜いて先にバスへ乗ってしまった。
俺も慌ててバスへ乗り込みなんだかんだいつも座るその座席に今日も座ってしまった。
あれはどういう意味だったのだろう。
俺の頭にずっしりと存在感を感じさせるようなセリフを残していったその言葉の持ち主はというと、つり革に片手を添えながら本を広げている。
あの感じは説明責任から逃れるつもりらしい。
密かに狙っていた美人とついに話せたという喜びと、俺の認識の外側でなにか得体の知れない物がブクブクと体積を膨らませているかのような不安感に俺の心は支配された。
なんだっていうんだ。
「おお、そろそろ時間かじゃあ次回までに今日配ったプリントをやってくるように」
数学教師が締めにかかる。
やっと午前中が終わった。
えっ、最後びっくりした
「床に落ちた何か」てなんだったの?