子供が泣く家
投稿者:きのこ (13)
後ろ向きに立っている男性は、そんなに嫌な気配はしていないが、暗く俯いていて、今にもマンションから飛び降りそうな雰囲気だ。そばにいると、なんとなく、私まで気分が重くなるが、それは俯く男性を視ているからではない気がする。
———あぁ、これは男性に引きずられてるんだ。
そう思ったので、男性がこちらに気付かないように、そっとドアを閉めて、先輩がいるリビングに戻った。
トイレにいた男性は、悪意がある感じではなく、ただそこに居るだけだった事と、正体は暗く俯いた若い男性だった、と伝えると先輩は、
「へー、そりゃ泣くわ」
と、まるで他人事のように笑った。
私が、どんな気持ちで人ならざるものがいる場所へ向かったか、彼女は全く理解していないのだろう。なんだか妙に腹が立った。
———もう頼まれたって、絶対に来ないからな! と、口には出せないので、心の中で叫ぶ。
とりあえずトイレにいた男性は、害はなさそうだが、あまり長い間居座られるとよくないかも知れない。あの暗く俯いた感じに引きずられかねないからだ。自分の意思とは関係なく、同じような状態になってしまう場合もある。
私と先輩が話している間も、子供はずっと泣いていた。
先輩の子供なので、霊感が強くても不思議ではないが、私たちよりも先に気付いて泣いたという事は、相当敏感に気配を感じ取ることができるのだろう。
5歳にも満たない小さな子は、人ならざるものが視える子も多いが、他の人たちが見えないものが視えてしまうのは、あまりいい事ではない。やはり、大きくなったら視えなくなるのが1番いいと思う。
私は、泣いている子供をあやしながら、
———どうか、この子の力は消えますように。と祈った。
そして、先輩があの暗い感じがするマンションを選んだ理由は、家賃が相場より安かったから。だそうだ。先輩は平気だから別にいい。と言っていたが、やはり、ただ安いから飛びつくのではなく、『なぜ安いのか』を一度考えてから選んだ方がいいのだと思う。
私は先輩のマンションに着いた時、マンションだけでなく、すぐ横を流れている人工の川がやけに気になった。川は深い緑色をしていて、あまりよくない空気を感じたからだ。先輩に家賃が安いと聞いた私は、
「安いのは、何かあったからでしょ?」
と問いかけた。すると先輩は、
「うん、そうなんだ。屋上から、下の川に身投げした人がいるんだって。3人いたらしいんだけど、なんで確実に死ねそうな道路じゃなくて、川に飛び込んだんだろうね。後で掃除が楽だから、とでも思ったのかな?」
と、顔色を一切変えずに答えた。彼女はそこで誰かが亡くなっていようと、人ならざるものがいようと、本当に何も気にしないのだろう。そして、その話を聞いた私は思った。
———あぁ、だから気になったのか……。
私の霊感は中途半端なので、その事実を聞くまで分からなかったが、なんの変哲もない人工の川が気になったのはなぜか。それは、川へ身投げした人がいて、そこから離れられなくなった霊魂が、また別の人を呼ぶ。そんな場所になっているのだろう。もしかすると、川が気になっていた私も、その犠牲者たちに呼ばれていたのかも知れない。
ちなみに、私は深い緑色の川に視えていたが、どうやら違っていたらしく、私が「緑色の汚い川」と言うと先輩が、バカにしたように鼻で笑った。
「あんた、それ、他の人に言わない方がいいよ。バレても知らないからね。川の水は別に濁にごってないし、川の底にはコンクリートが見えてるよ。霊感があるのがバレたくないなら、ちゃんと切り替えないとね」
ニヤニヤと笑みを浮かべる先輩を見ると悔しいが、私はまた、他の人とは違うものが視えているのが、分かっていなかったらしい。
———切り替えるって、一体何を切り替えるんだ!
と、心の中で悪態あくたいをつきながら外に出た。帰り道、もう一度川を覗のぞいてみると、本当に川の水は澄すんでいる。先程、先輩に「川の水は濁っていない」と教えてもらったので、本来の姿が見えるのだろう。
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