子供が泣く家
投稿者:きのこ (12)
私は嫌な予感がして顔をしかめたが、彼女は一向に手を離す気配がない。笑顔で私の肩を掴む彼女の『お願い』は、おそらく私にしかできないことで、私が最もやりたくないことだ。
私の嫌な予感は、よく当たる。彼女の顔を見れば、もう、聞かなくても分かるのだ。
「実は、うちの子が今1歳半なんだけど、最近よく泣くんだよね。何かに怯えて泣いてる感じがするし、たしかに気配は感じるんだけど、私には視えないの。だからちょっと、家の中を視てくれない?」
———やっぱり、そういう事か。
私の予感は当たっていた。しかし、霊感が強い先輩が視えないのであれば、私に視える訳がない。それに、私はそういったことには、関わりたくない。
「いや、霊感が強い先輩に分からないなら、行っても無駄ですよ」
私は首を横に振った。拒絶しているのも、はっきりと顔に出ていたはずだ。しかし、先輩も引き下がらずに話を続ける。
「でもねぇ、波長が合わないと、視えないこともあるんだよ。私と旦那だけならいいけどさ、子供に何かあったら、どうするの?」
先輩は瞬きもせずに、私の目をじっと見つめる。まるで、私のせいだと言われているようだ。
———あぁ、もう逃げられないんだろうな。
私は覚悟を決めた。彼女は相手が何を言おうが気にせず、自分の意思を通す人だ。それが私のような、何の発言権もないような後輩なら尚更で、私は何度も彼女の『お願い』に付き合わされていた。
結局、大した抵抗もできず、私は小さな子供の為だと自分に言い聞かせて、先輩のマンションへ行くことになった。
川沿いにある、8階建てのマンションの5階に、先輩の家がある。
マンションの前に立つと、霊感が強い先輩が選んだにしては、何となく暗い感じがした。すぐ横を流れる川は人工の川で、深い緑色をしている。あまり良くない雰囲気を感じるので、そのせいかなとも思った。
そして、入り口にある集合ポストの横には、見えない何かが立っているのが分かる。先輩はもちろん知っているのだろうから、それならそうと、なぜ先に言ってくれないのか。
私は人ならざるものに影響されると、体調不良を起こすのだが、それは先輩も知っている事だった。それなのに、私に何も告げずにマンションへ来させたのだ。まぁそんな事は、彼女にとってはどうでもいい事なのだろう。
なんとなく分かってはいたが、私の扱いが雑すぎる気がする。
「やっぱり、帰ろうかな……。無理だよなぁ……」
先輩に従うしかない私は、大きくため息をついた———。
5階へ行く為、エレベーターに乗ると、すぐに耳鳴りがし始め、次第に音は大きくなって行った。
———あぁ、いるな。
と、私は身構える。何かがいると分かっている場所へ行くのは、本当に気乗りしない。なんだか生贄いけにえにでもなったような気分だ。
先輩の部屋に着き、一度、深呼吸をしてからチャイムを鳴らす。
すると先輩はすぐに出てきて、笑顔で私を迎え入れた。急に泣き出すという1歳半の子供も一緒にいたが、機嫌が良さそうに先輩に抱かれている。
———泣いてないってことは、今はいないのかな?
そう思ったが、一刻も早く帰りたくて、家の中を見てまわった。なんとなく気配はする。しかし、どれだけ探しても、人ならざるものを見つける事はできない。
「今は、何もいないみたいですけど……」
私が言うと、先輩は「だろうね」と呟つぶやき、奥のリビングへ案内された。予想はしていたが、やはり見つけるまでは帰してもらえないようだ。少し待ってみようという事になり、先輩はお菓子やコーヒーを出してくれた。
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