子供が泣く家
投稿者:きのこ (12)
私は、先輩が住むマンションの前で立ち尽くしていた———。
「家の中に何かがいるので、見に来て欲しい」
そう言われたが、マンションの前に立つと、すでに嫌な気配を感じる。何も聞いていなくても、ここには人ならざるものがいると分かった。
空は眩しいほど青く晴れ渡っているはずなのに、マンションの周りは薄暗い。私の目には、まるで山の中の日陰になった場所みたいに、緑と茶色を混ぜたような色の空間が広がっているように視える。
他の人たちには見えないその異様な空間は、心霊スポットや、禁足地きんそくちによく見られるものだ。生きている人間は近付いてはいけない場所。私だって、出来ることなら近寄りたくはない。
「やっぱり、帰ろうかな……」
ぼそりと呟つぶやいてみたが、そんなことは許されない。たとえこのマンションがよくない場所だと分かっていても、私はもう、中に入るしかないのだ。
先輩のお願いは『絶対』の意味で、私には何の拒否権もない。
先輩に来いと言われた私は、覚悟を決めて、不気味なマンションへ足を踏み入れた———。
高校時代にアルバイトをしていた先の、明るく活発な女性の先輩は、霊感が強い人だった。彼女は生きている人間と同じように、霊体がはっきりと視える。
私もたまに視えてしまう事があるが、それは一部の友人しか知らない事だ。知られてしまうと碌ろくな事がないので、普段は自分からは絶対に言わないし、気付かれないようにしている。
もちろん、怪奇現象が次々と起こるアルバイト先でも、それは秘密にしていたが、私は取り憑かれやすい体質なので、嫌な気配がする所へ突っ込んでいく訳にはいかない。その為、バイト中はそういった場所は避けて歩くようにしていた。
すると、先輩は霊体がはっきりと視えているので、他の人達はぶつかるのに、私だけがそれを普通に避けながら歩いている、というおかしな状況が分かってしまう。先輩は私に霊感がある事を、すぐに気付いた。
最初に「視えるんだね」と声をかけられた時、あまり人に知られたくないと説明したので、言いふらされたりはしなかった。しかし、それからというもの、彼女は会う度に何かを言ってくるようになる。私が嫌がるのを面白がっているのだ。
「店の近くにある貯水槽の縁ふちには、いつも男の人が立ってるんだよ」とか、
「奥の部屋のお客さん、ヤバイ生霊連れてるから見て来なよ」とか、
「今日は、いつもトイレの通路にいる女の人が2人に増えてるんだけど、気付いた? ねぇ、掃除行ってきてよ」
とか、
いつも楽しそうに、ニヤニヤと笑みを浮かべながら言ってきた。
私はまだ高校生で、車を持っていなかったので、大きな物を買いたい時には、車で連れて行ってくれるような優しい面もある人だ。しかし、帰りには、人ならざるものがいる交差点をわざわざ通って、いらない解説をしたり、心霊スポット巡りをされたりする。
自分も人の事は言えないけれど、
———いい性格してるな。と思った。
そして彼女は、私が実家の仏壇の間にいる、死神みたいな男の子に取り憑かれた時には、一瞬も悩まずに見捨てた人だ。あの男の子は、霊感が強い先輩の目で視ると、相当良くないものだったらしい。
彼女の言い分としては、家族が巻き込まれたらどうするんだ、という事だったが、せめて心配くらいはしてくれてもいいと思う。バイト仲間には「仲が良いよね」などと言われたが、私はそんな事は1度も思ったことはない。
私は彼女の玩具おもちゃでしかないのだ。
そしてある日、先輩に肩を、がしっと掴まれた。
「ねぇ、お願いがあるんだけど」
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