失墜の放火魔
投稿者:HPMPラブクラフト (6)
『全部燃やしちまえばいいのさ』
本当はずっと前から気づいていたのかもしれない。彼が嘘つきなのも、私の嘘がばれていることも。今までそれを言わなかったのは、この空間が好きだったから。現実味のない嘘でできた空間が心地よかったからだ。
「…どうしてそう思った?」
「だってあなた、いじめられてる人の気持ちを分かってるフリをしたでしょ?」
何も言い返さず、ずる賢い悪い顔になってる天谷くんが私をじっと見ていた。この顔こそ、本当の彼なんだろうなって思った。
「天谷くんは冗談を言うとき右側の眉を上げる癖があるけど、自分で気づいてる?」
「…いや、初めて知ったよ」
やれやれといった表情をしながら、彼は読みかけの本を置いた。
「なんで嘘なんかついたの?」
「嘘をついていたのは君だろ。繭村桃花まゆむらとおかさん」
やっぱりばれていた。まぁ、知ってたんだけど。
「なんで嘘だってわかったの?」
「質問に質問を返して悪いけど、どこまで分かってるの?今の状況」
今の状況。これはどういうことなんだろう。天谷くんは私のことを知っている人なのかな。
「天谷くんが嘘をついた事と、私の嘘がばれてることは知ってるよ。それ以外に何かあるの?」
「あるよ」
「なに?」
「最初に戻るけど、君が嘘をついていたのは君と出会ったその日から知っていた。高架下でボコボコに殴られる君を目撃したからね」
高架下でいじめを受けていたのは2年前の夏。なるほど。目撃者がいたわけか。
「じゃあ、それを見たからどうしたの?なんで助けてくれなかったの?」
「なんで助けるのさ。僕は混ざりたかったんだよ?女の子を殴ってみたい人なんだ」
変態なわけか。
「それで?図書館で出会ったのは偶然?」
「いや、ずっとつけてた。君の後を」
「なんで?」
「興味を持ったんだ。ボコボコにされて笑ってた君に」
ニヤつきながら天谷くん言った。そして初めて知った。私はいじめられながら笑っていたのか。
「聞かせて欲しい。僕はそれがずっと聞きたかったんだ。なぜ君はあの時笑ったのか」
そう言ってじっと見つめてくる。正直なところ自覚がないから困ってしまう。なんで私が笑っていたのか私が知りたいくらいだ。
「…わからない。気がついたら笑ってた。私にもわからない」
「…え、いや…。それは…困るよ。これまで何のために君の嘘に付き合ってきたと思ってるんだ…。何のために偽善者を演じてきたと思ってるんだ…」
天谷くんは私を睨みつけながら静かに怒っていた。ここが図書館でよかった。もしも図書館じゃなかったら、今頃ボコボコにされているんだろう。でも、何だかその姿に私はゾクゾクした。“殺気”を感じたのかな。目の前にいる変態アブノーマルにもしも殺されるなら、私はどういう殺され方をするのだろう。
「天谷くんはやっぱりかっこいいね」
不意に口から出た。自分でもびっくりするくらい場違いな言葉を吐いてしまった。それと同時に私の中で歯車がカチッと音を立てて動き始めた気がした。何か言いたそうな顔をしてこっちを見ている彼に、さらに言葉を吐く。
「ずっと素敵だと思ってた。嘘をつくときの癖も、時折見せる狩猟的な目も、今の顔も、殺気も全部」
私はゆっくりと席を立って、天谷くんの隣の席に移動した。天谷くんの目の前には、さっきまで読んでいた本が置いてある。逆さに置いてあるから題名はわからないけど、きっと古い本だ。私は徐ろにその本を手にとって、動揺する天谷くんの眉間を勢いよく本の角で打ち抜いた。ガッという乾いた音が図書館に響いたけど、平日の図書館に人はいないし目撃者もいなかった。声もなく頭から机に落ちる彼の頭を支えて、そっと置いた。手には血がべっとりとついていて、置いた彼の頭を中心に血が広がっていく。ついにやってしまった。私はもしかすると人を殺してしまったわけだ。頭で認識した瞬間、手が震えだして全身から力が抜けた。操作を解かれたマリオネットのように私は地面に崩れ落ちる。困ったな。これじゃあしばらく動けない。係りの人が来たら万事休すだと思ったが、あいにく水曜は85歳の居眠り老人が担当の日。人が来ることさえなければ見つかるはずはなかった。
そこからどうなったのかは覚えていない。気がついたら家にいた。ベットの上でぼーっと虚空を眺めていた。机の上には小学校の卒業式にもらったシャープペンシルと、消しゴムとルーズリーフが置かれていた。フラフラと立ち上がりルーズリーフを手に取ると、文字が書いてあった。私はしばらくそこに書かれている文字を眺めていた。
気持ちの言語化が素晴らしいです