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呪い・祟り

HPMPラブクラフトさんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

祭祀の痕
長編 2024/07/21 15:26 4,760view
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「根来之御魂教団・集団変死事件概要」
根来之御魂教団の荘厳な大神殿の中で事切れていた、老若男女合わせて三百人あまりの信者の遺体は、教団が一心に崇めていた神に完全に見放されたかのような惨状を、その聖域内で繰り広げていた。
 新聞やテレビの第一報は、この事件を米国で起こった人民寺院の集団自殺を彷彿させるような内容を世間に伝えたが、警察の捜査が進むにつれ、単なる集団自殺では割り切れない不可解な事実が徐々に明るみになり、やがて前代未聞の異様な事件として世間に認知されるようになった。
 事件は教団創設五十周年を記念した大祭の最中に起こり、この日奥多摩の教団総本部にある大神殿の外には、全国の支部から集まった大勢の信者たちの祈りが奔流のように轟き、神殿内部に籠もった教祖以下幹部、支部長たちの悲劇の瞬間は誰の目にも触れられていない。
 大祭終了予定の午後六時を過ぎても閉ざされたままの神殿の様子をいぶかしんだ教団の警備員たちが恭しく扉を開いた時には、果てしない苦痛と絶望を顔に貼り付けて倒れている指導者たちがそこにいた。
 思いも寄らない事態に直面した信者たちの祈りはたちまち悲鳴に変わり、日々の苦悩から逃れるために藁をも掴む思いで入信を希望した信者たちの多くが、その藁さえも失う事になった。
 人民寺院を例に取り、当初集団自殺と見て捜査を開始した警察は、神殿に転がる大量の遺体から何らかの毒物らしき痕跡を見出そうとしたが、意外な事にそれに該当するいかなる物的証拠も遺体から検出される事はなかった。当時神殿は完全に密閉され、外部の人間が侵入した形跡もない事から殺人事件の可能性は示唆されていない。
 末端の信者たちには神殿内部で行われていた神事の詳細は何一つ知らされておらず、一部の精神科医や脳機能学者たちの推測の域を出ない意見ではあるが、神事の祈りの儀式の際に生じた強い変成意識状態が、何かを機に良からぬ方向に招いた精神性のショック死ではないかという見方も出て来た。
 この事件の異様さを示す最も不可解な事実は、巨大な大社造の神殿中央に祀られた根来之御霊教団のご神体、その名称を「事古主命」とする大鏡が、神事のいかなる不具合からか、内部から突き破られたかのように奇妙な穴を空けていた事だ。
 根来之御霊教団を創設した初代の教祖、折口ヒサには、祈祷による難病快癒や、全盲の絵筆で紙に描いた驚異的な的中率を誇る未来予言など、俄には信じ難い奇跡の目撃談が、信者を問わず数々存在したが、現在二代目となる教祖の折口貴巨には、その血を初代教祖ヒサから受け継いでも、ヒサほどの霊的能力を示す素養はあまり見られなかった。
 二代目教祖の本分は教団の発展と共に広くその教義を一般に伝え、年間行事として予定された形式的な神事を滞りなく忠実に行って維持する事にある。

 従って大祭の事件で大鏡に突如現出した奇妙な穴を、一部の熱狂的な信者たちは初代を失って久しく見られなかった奇跡の再来と捉え、二代目教祖のカリスマ性を一気に押し上げる事態にまでなったが、二代目教祖本人は事件直後から忽然とその姿を消している。
 大祭の神事で一体何があったのか?
 この掴み所のない事件を前に警察の捜査は難航を極め、真相の一切が空白の状態のまま漂うかのように思われたが、ある幹部の遺留品の中から、事件の一ヶ月前に書き記した手記が見つかった。捜査の進展の有力な手がかりになると期待されたその内容は、常軌を逸した教団の闇を浮き彫りにさせ、大鏡に穿たれた奇妙な穴に、何とも言い知れぬ禍々しい気配と戦慄を走らせた。

「教団幹部・船岡毅一郎の手記より」
私は人生の大半を教団に捧げてきた。それが大きな過ちだと気付いた時には、教団の闇は深刻な事態を迎えていた。後戻り出来ない徒労感と深い後悔の念だけがあるが、大祭が失敗に終わった時に備えて、ここに我が教団がたどり着いた不運の一部始終を記す。
 私は幼い時分に東京大空襲の業火で全ての身寄りを亡くし、煤と瓦礫の中をがむしゃらに這いずり回ってただ一人生き残った。
人生の再出発を計り、数寄屋橋界隈で氷販売をして生計を立てていたが、何の因果があってか重度の結核を患い、神奈川の川崎にある暗く湿った療養所に隔離された。
 初代教祖の折口ヒサと初めて出会ったのはその診療所で、彼女はただ無力の絶望感に打ちひしがれて死ぬだけの運命にあった私に、その類稀なる霊能力でもって一筋の希望の光りを当ててくれた。 
 医療が発展した今はまだしも、当時の結核は不治の病と言われて手の施しようがなかったが、折口ヒサが不思議な響きの祈りと共にかざした掌は、明日にもその身が危ぶまれる末期患者でさえ、たちまちのうちに快癒に向かわせた。私にもその有り難い救いの手は差し伸べられ、どん底の淵から生還を果たす事が出来た。
 敗戦の泥沼のような日本で奇跡を目の当たりにした私は、その時信心に目覚め、微力ながら何か彼女の手伝いは出来ないかと、各地の診療所を慰問して回る彼女の後を密かに追った。今になって思い返してみると、それは単に都合の良い言い訳で、私は恋に似た淡い感情をその時彼女に対して抱いていたのかもしれない。現に私たちはその後夫婦となってずっと教団を支えて来たのだから。
 どこに出向いても彼女の奉仕は本物だった。相手が誰であろうと一切の金銭的な施しは受けず、いつも同じ粗末な服を着て、食べる物も禄に口にせず、それでも慰問して回るにはそれなりの金は必要になるので、逗留先の繁華街などの辻に立っては、道行く人に女性にとって不名誉となる躰の関係を持ちかけて金の工面をしていた。

 彼女がどうしてそのような事までして人々を助けるのか?
 繁華街に立つ彼女の姿を見て不憫に思った私は、これまで声をかけられずにずっと見守るだけだったふがいなさを振り捨てて、屋台に飛び込み、飲めもしない酒を一杯煽ってから、客を待つ彼女の前に勇んで出たのだった。
「貴方をお待ちしておりましたよ」
 彼女を前にして委縮した私が言葉を紡ぐ前に、彼女が私にそう言った時の驚きを今でも鮮明に覚えている。それが彼女に備わった予知能力から出た言葉だと、その時知る由もなかった私は、自分が躰を求めて来た邪な人間だと思われてしまったと勘違いしてひどく取り乱し、事情を説明しようにも、何から話せばいいのかさっぱり見当がつかなかった。
「大丈夫。全てわかっておりますから、とりあえず私と一緒に、私が泊っている宿へ参りましょう」
 そう言って彼女は私の手を優しく取り、私はとにかく言われるままに彼女に付いていった。彼女は全くと言っていいほど目が見えなかったが、その足取りはしっかりしていて、繁華街の酔狂たちが危ういふらつきを見せながら縦横無尽に往来する中を、何の障害もないように宿へ向かった。
 そんな彼女の導きに黙って従っていると、不思議と宿に着く頃にはすっかり気持ちも落ち着いていた。
「申し遅れてすいません。私は以前神奈川の療養所で貴女に命を救われた船岡という者です。私は貴女の不思議な救いのお力を体験してから、ずっと貴女の事が気になって、恥ずかしながら何か自分に出来る事はないかと、貴女の事を追いかけて来てしまいました」
 安宿の狭い畳部屋に案内されると、私はすぐに頭を下げて自分の素性を明かし、邪な気持ちを持って彼女に近づいたのではない事を必死に弁明した。
「存じ上げております。よくぞ私を訪ねてくださいましたね。突然こんな事を言ったら貴方はさぞ驚かれるでしょうが、これは私に降りた神様のお導きによる結果なのですよ。貴方のご厚意は有り難くお受け致します。どうか私と共に迷える者、苦しみにある者たちを救いましょう」
 私の方から志願するまでもなく、彼女は何もかも見通していたようで、私たちは会って間もないうちに、すぐに意気投合した。
 それから私は彼女が如何にして超常的な能力を発揮するようになったかを、彼女の身の上話も交えて聞かされた。
 物が見えない瞳は澄み切って常に遠くを見つめ、私以上に困難と波乱を含んだ苦労話の途中、何故か彼女が時折無邪気に笑って見せる様がとても清らかで美しかった。私はその頃二十三、四くらいだったが、向かい合って眺めるその見た目の若さからして、彼女もてっきり自分と同じ年頃だと思っていたのだが、実際は二回りも年上だという事を聞かされて、私は改めてそのただならぬ神秘性に魂が打ち震えるような感動を覚えた。そして彼女の存在がこの荒廃した世の中の大いなる希望になる事を切に願った。

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コメント(3)
  • 読みにくい長文だなぁ…と思ったら最後まで読むのが止まらなくなった(引き込まれてたかもw)。
    クトゥルフ神で検索したけど検索しなけりゃよかったぜ…

    2024/07/22/01:25
  • 重厚な世界観に惹きこまれました…
    件の神様の前提知識が無かったので、それに繋がるのか!
    と楽しめました…!

    2024/07/29/22:24
  • ペンネームから、ラブクラフトっぽいかなと思ってましたが。
    古代神は誕生したのか、別の悪夢を解き放ったのか、両者相討ちか、、結果も知りたかったですね。

    2024/08/11/00:08

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