私が子供の頃、実家には「見はりさん」が来ていました。
来るのは決まって、荒れた夜です。台風の夜、大雪の夜、それから、祖父のお葬式の前の晩にも来ていました。
見はりさんは、おばさんでした。年齢はよくわかりません。廊下の突き当たり、ちょうど私の部屋の戸の斜め前あたりに、いつも正座していました。電気の届かない暗がりなので、顔をはっきり見たことはありません。ただ、こちらが「こんばんは」と言うと、ゆっくり会釈を返してくれました。
子供の私は、それを少しも変だと思っていませんでした。台風の夜にだけ来る親戚みたいなものだと思っていたんです。父も知っていて、風の強い日の夕方になると、「今夜は見はりさんが来てるから、廊下で騒ぐなよ」と言いました。だから余計に、普通のことだと思っていました。
おかしな点があるとすれば、見はりさんは何も持って来ないし、何も食べないし、トイレにも立たないことでした。それと、これは今でもはっきり覚えているんですが、靴下がまっしろでした。外は何時間も嵐なのに、汚れひとつなくて、暗い廊下でそこだけぼんやり浮いて見えました。子供心に「きれいな靴下だなあ」と思って、それで安心していた気がします。
朝になると、もういません。布団も座布団も出した形跡がなくて、母に「見はりさん帰ったの?」と聞くと、「うん」とだけ返ってきました。
私はそのうち中学生になり、高校生になり、見はりさんのことを考えなくなりました。来ていたのかどうかも、正直覚えていません。部屋にこもってイヤホンをしている年頃なので、廊下なんて見ないんです。
それを思い出したのは、去年です。
一人暮らしを始めて二年目、大きい台風が来るというので、実家の母に電話をしました。雨戸がどうとか、そういう話のついでに、ふと懐かしくなって、軽い気持ちで聞いたんです。
「そういえば、見はりさんって今も来てるの?」
母が黙りました。
電話の向こうで、テレビの音だけがしばらく聞こえていました。それから母は、低い声で言いました。
「うちに、そんな人が来てたことはない」
私は笑って、いやいや来てたでしょ、台風の日とか、おじいちゃんの葬式の前の日とか、お父さんも名前呼んでたじゃん、と食い下がりました。すると母は、少し苛立ったように言いました。
「あんたの部屋の前にいた人のことでしょう。あれはうちの客じゃない。家に入れたことは、一度もない」
意味がわかりませんでした。入れたことがないって、でも、廊下にいたよね、と言いかけて、母が続けた言葉で黙りました。
「名前をつけたのは、あんた。あんたが『見はりさん』って呼んで、挨拶なんかするから、来るようになったんでしょう」
私は、誰がその名前を呼び始めたのか、ずっと覚えていませんでした。父だと思っていました。
母はそれきりこの話をしてくれません。父に聞いても、「そんなことあったか?」と笑うだけです。あんなに何度も、廊下で騒ぐなと言っていたのに。
あれが何だったのか、今もわかりません。家を見張ってくれていたのか、それとも、見張られていたのが家ではなかったのか。考えると、廊下の暗がりの、あの戸の斜め前という位置が、妙に引っかかるんです。あそこからまっすぐ見えるのは、玄関でも居間でもなくて、私の部屋の戸だけなので。
今住んでいるアパートには、廊下がありません。玄関を開けると、すぐ部屋です。
台風は、明日の夜に来るそうです。
























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