失墜の放火魔
投稿者:HPMPラブクラフト (6)
午後17時半。仲直りセックスの終わった両親は相変わらずスヤスヤと寝ていた。小声で二人に謝って、車庫にある灯油をベッドの周りにまいた。そのままリビングと私の部屋に繋がる階段を灯油でビシャビシャにした。買いおきされていた12本の灯油缶の内、最後の一本を残して私は自室にきた。扉を閉めて、部屋に最後の灯油缶を半分だけ撒いて、残りは頭からかぶった。ガソリンスタンドで働いてる人は大変だなぁと思った。最終段階まできた私は、ポケットからマッチを取り出した。多分、このままマッチを擦ったら爆発するだろうと思ったけど、しなかった。でもマッチの火がいつもより激しく燃えているように見えた。私が人生で見る最後の火だ。その火を目線の高さまで掲げてじっくりと見た後、マッチ棒から手を離した。ボトッと落ちたマッチ棒の火が押し寄せてくる波のように勢いよくあたりに広がった。ものすごい熱い。熱いなんてもんじゃない。身体中を焼かれてるみたいだ。あ、今焼かれてるんだった。
そんなことを思いながら私は死んだ。
私が起こした事件はすぐさまニュースになった。一家全員焼死。車庫にあった灯油が犯行に使われたことから、第三者の犯行が疑われた。誰も私が火をつけたなんて思いもしなかった。
まる三日間はそのニュースで持ちきりだった。その中で私のクラスメイトがインタビューされている場面が放送されていた。
『おとなしくていい子だった』
『頭のいい子だった』
『何で私たちを置いていったの…』泣き崩れるクズもいた。
死人に口無しとはよく言ったものだ。今の私にこの世のことをどうこう言える権限はない。でも、手紙は残せた。現世に残した呪いの手紙だ。失墜の放火魔のように手紙は残ってくれただろうか。それとも私たちと一緒に燃え尽きたのだろうか。もしも手紙が残っていたら、私もこの世に爪痕を残せたのかな…彼みたいになれたかな。
──拝啓、世の中へ──
“私は幼い頃からこの世界が嫌いでした。嫌いというよりは、好きになれるものがありませんでした。物心ついたときから、両親から愛は受けられず、世間知らずだとハブられ、どん底を生きていました。最低限以下という言葉が正しいのかわからないですが、私は多分人間扱いされたことがありませんでした。高校一年の秋。初めて図書館で出会った一人の男の子は、私のことを人間扱いしてくれました。しかしそれは、嘘が絡み合った虚像だったのです。嘘の鎖が解けてからはいつも通りのどん底でした。一瞬の幸福に溺れた私の責任なんでしょうか。
とりあえず私は、この世を恨みに恨んで死にます。クラスメイトも、親も、先生も何もかも恨んで焼死します。
『嫌なことは全部燃やしちまえばいいのさ』失墜の放火魔の一節です。私は今、自分の家を焼くシミュレーションをしました。灯油をぶちまけて火をつけるだけの簡単な作業。ふと目についた鏡には、自分の顔が映っていました。にっこりと笑った顔が。最初その鏡を見たとき、鏡の向こうにいるのが別の人に思えました。でも間違いなく私なのです。その顔は何年ぶりかに見る私の顔でした。私はおそらく愛に飢えていた。目線に飢えていた。とにかく誰かに愛されたかった。とにかく誰かに見て欲しかった。私は生きているんだと認めて欲しかった。そして私はいじめられるという目線と痛みと愛に気がついた。いじめられているときは、みんなが私を見てくれる。狂った暴力を愛と勘違いしていた。だから私はいじめを嫌がったりはしなかった。みんなの不満をぶつけられる道具であり続ける必要があった。そのために生きていた。そんな人生だった。
嘘の絡みが解けたとき、目の前にいる男の子が憎しみの塊に見えた。だから砕いた。普段は好きだった道も、ガラクタを積んだだけの山に見えた。もう世界にさよならするしかないと思った。だから、その、何度も書くけど、さよなら。みんなさよなら。世界さよなら。
嫌いなものなんで、全部燃やしてしまいます。
生まれてきて、ごめんなさい。わがまま言って、ごめんなさい。家燃やしちゃってごめんなさい。
永遠におやすみ。せめて、せめていい夢を見れますように…。
夢の中でお前らみーんな殺せますように。
…死んだ後、みーんな地獄に落ちますように。
──敬具──
オワリ。
作者「まどろ」
無限通りの世界からすくいだした一欠片の物語
いつか答え合わせができたらいいなって。
気持ちの言語化が素晴らしいです