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不思議体験

HPMPラブクラフトさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

失墜の放火魔
長編 2024/07/09 02:05 4,644view
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翌日。今日は一日中勉強しようと思ってベッドから立ち上がったけど、結局本を読みあさるだけで終わりそうだった。起きたのは午前7時半。朝ごはんを食べて机に向かったのが10時。本を読み始めたのが10時10分。それから現在の午後4時半に至る。今日も惰性で生きてしまった。1日の終わりまで残り8時間。夏休みの終わりまで残り31日。人生の終わりまで残りどれくらいなんだろう。
『いつ死ぬのかわからないからこそ殺してやるんだ。俺は天使だ。死の恐怖から解放してやれるのは俺なんだ』
私の大好きな殺人犯の言葉だ。“失墜の放火魔”というこの人は、いろんな殺害方法で316人を殺した。非常に頭が良かったらしく、犯行現場には何一つ証拠は残さず、殺害された遺体だけが無残に放置されているだけだった。ある時は頭を真っ二つに。またある時は椅子に座ったまま眠っているかのように毒殺したり。殺害方法は非常に幅広く、その残酷さはと美しさは世界を震撼させた。
そんな彼はある夏の日、焼身自殺によってこの世を去った。燃え尽きた彼の家を警察が散策すると、リビングの一角だけ無傷の部分があって、そこから彼の遺書が見つかった。どういうトリックなのかは分からないけど、彼は最後の最後まで異様だった。
彼で何度自慰行為をしたのか分からない。私はその異様さと犯行の残虐さの中にある静けさとセンスに魅了された。なんで彼は焼身自殺をしたのんだろう。私は本を読んでからひたすら考えているけど、答えは出ていない。
“僕とは正反対だ”
天谷くんの声が脳内にこだました。よくよく考えてみたら揶揄われてるだけかなって気がしてきた。彼はいじめられてると言ったけど、彼の顔に目立った傷はなかったし、傷ついている人間が出す雰囲気じゃない。確かめなきゃ。そう思って私は図書館に向かった。

僕だけが知る君の話
繭村桃花。彼女はとてもおもしろい子だ。いじめられているのに、それとは全く逆の話を僕にしてくれる。嘘をついているのに真っ直ぐ前を向いて話せる彼女を僕は好きになった。

初めて桃花さんに出会ったのは2年前の夏。通学路を帰っていると、他校の生徒が一人の女の子を囲んで暴行を加えていた。ちょうど人目のつかないところを選んだ高校生らしい犯行だった。僕はその様を木陰から覗き見ていた。興奮を抑えながら。
正直たまらなかった。今すぐにでも混ざりたい。そんな衝動を必死に抑えながら終わるまで見続けた。徐々にエスカレートしてるけど、あくまでも大きな傷は残さないように慎重に定めて暴行を加えていたが、一人の蹴りが女の子の顔面に当たり口から血を吐いた途端、怖気付いたのかみんな一目散に走り去っていった。女の子の方を見ると、彼女は肩で息をしていてとても辛そうだった。焦点のあっていない目で空を見つめて、ふっと笑った。僕はその笑顔が忘れられなかった。何度も何度も自慰をした。あのときなぜ笑ったのか。どういう感情であんな顔をしたのか。君はきっと『世界なんて消えちゃえ』って思ってる悲しい人のはずなのに。
それから僕は学校帰りの君をストーカーするようになった。どこかによれ、どこかによれ!と心で願いながら。しかしながら君はまっすぐ家に帰った。どこにも寄ることはなく、空を見つめたり風景を眺めたりすること以外は何もせずに帰った。

もしかするとばれてるんじゃないかと思った。でもその予想は外れる。結論から言うと、やはり彼女は生になんてしがみついておらず、ただ流れる日々をゆっくりと泳いでるだけの肴だった。
尾行を始めてしばらく経った頃、日課のいじめが終わり、服についた砂や泥を払いながら帰っている桃花さんが商店街の近くで立ち止まった。まずいと思い急いで電柱に隠れて、その様を見守った。彼女は掲示板に貼ってあった広告をしばらく眺めて、いつもとは違う道に入っていった。僕は急いで後を追った。走り様に彼女が見た掲示板をチラ見すると、新しくできた図書館のことが書いてあるチラシが貼ってあった。
ついに寄り道する日が来た。

僕はその日を逃さなかった。

それから約1年半。君とはいい距離感にいる友達として過ごしてきた。なのにどうしてだ。どこでミスを犯したんだろうか。昨日ぶりに会った君から言われた。
「天谷くんって本当にいじめられてる?」
初めてだった。君から疑いの目を向けられるのは。状況的に焦るとこだが、僕は焦らない。
「うん。何でそんなこと聞くの?」
「傷がないなぁっと思って。いじめられてる子には決まってどこかに傷がある。でも天谷くんにはそれがないなぁっと思って」
桃花さんの目は完全に疑っている目ではなかった。家で考え事をしていて、偶然たどり着いた仮定が嘘なのか本当なのかを確かめたい。できることなら嘘であってほしい。早く嘘だと言ってくれ。そんな目をしている。残念ながら君の過程は正しい。僕はいじめとは無縁の存在だ。君の気持ちなんてこれっぽっちもわからないし、可哀想だなとか、哀れだなとか、そんな感情しか持てない。ただ一つ、あの日君が見せた笑顔に興味を持っただけ。
「桃花さんのところでもいじめってあるの?」
不思議そうに尋ねる。

「あ、あるよ」
「殴る蹴るとかのやつ?」
「…うん」
桃花さんの元気が無くなっていく。
「…へぇ。なんていうか、大変だね」笑顔で言った。「よかった。僕たちのところではそういうのがなくて」
そうだねっと、桃花さん悲しそうに笑いながら言った。
「…いじめられてる人って、どんな気持ち?」
核心に迫る質問だ。まさか桃花さんからこの質問がでるとは。ここでなんと答えようか僕は迷った。君目線になって考えた僕の仮説の答えあわせをするか、いじめられている架空の僕の話をするか。迷った末に勝負に出た。
「僕は笑っちゃうよ。なんてこいつらはちっぽけなんだろうって。強い人が弱い人をいじめて優越感に浸ってる様がバカバカしいって思う」
さぁ、どうだ。少し俯いている桃花さんの表情は変わらない。
「…あのね、天谷くん」桃花さんが顔を上げた。「私、嘘つきは嫌いなんだ」
放たれた言葉は思いがけないもので、僕は一瞬にして冷や汗をかいた。そんな僕に桃花さんはさらに追い討ちをかける。
「天谷くんはいじめられてなんかないよね?」

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コメント(1)
  • 気持ちの言語化が素晴らしいです

    2024/07/09/16:36

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