ドタッ
投稿者:綿貫 一 (31)
ケータイで音楽を流しながら、鼻唄混じりに段ボールをたたんで、紐で縛っていく。
あらかた片付いたところで液晶を見ると、ちょうど午前2時だった。
不意に、奇妙な予感がして、Iさんは立ち上がった。
巨大な地震が来る前兆のような、奇妙な静けさ。
息苦しくなるような、重い圧迫感。
なんだ――?
なんだ――?
何が起こる――?
しばらく呆然としていたIさんの頭に、突然、激痛が走った。
それは、これまで経験したことのない程の痛みだった。
まるで、雷にでも打たれたかのような、強烈な痛み。
立っていられなくなり、そのまま前のめりに崩れ落ちた。
ドタッ。
ああ、この音だったのか――。
Iさんは、そのまま意識を失った。
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Iさんは急性の脳梗塞だった。
不幸中の幸いだったのが、普段なら朝まで決して起きないはずの彼の妻が、その日に限ってちょうど目を覚まし、『ドタッ』という物音を聞いて、事態にすぐ気がついたことだ。
おかげで、すぐに救急車が呼ばれ、適切な処置を受けたIさんは、半年の療養とリハビリの末、こうして元気に、私と酒を酌み交わしている、というわけだ。
§
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「じゃあ、例の物音や後ろ姿の男の幻は、将来的にIさん自身に起きることだった、というわけですね?」
その部屋は『過去に何かあった場所』ではなく、『未来に何か起きる場所』だったわけだ。
これでもしIさんが亡くなったりしていたら、『未来型事故物件』とでもいうのだろうか。
不謹慎なことを、私はこっそり考えた。
「でもこれで、今度こそ謎が解けたわけですか。
じゃあ、もう引っ越しは考えていないんですね?」
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