ドタッ
投稿者:綿貫 一 (31)
私は、話に聞き入っている間に乾いてしまった刺身を、自分の皿に取りながら尋ねた。
「うーん。
僕はそれまで、自分に所謂『霊感』ってやつはないと思っていたから、正直混乱したね。
でも、ずっと聞こえていた物音と、倒れる男の姿は、自分の中でぴったりハマったんだなぁ。
『ああ、これだったんだ』って、妙に納得しちゃって。
だから、勘違いや見間違いじゃなくて、心霊的なやつなのかな、と思ったんだよね――」
さすがに気味が悪くなったIさんは、引っ越しを考えたという。
「じゃあ、過去にその……そこで誰かが亡くなっていたんですかね?」
私が遠慮がちに訊くと、
「『事故物件』かってことでしょ?
もちろん気になったから、不動産屋に確認したよ」
Iさんはあっさり答えた。
しかし、不動産屋からは「あの部屋で人が亡くなったことはない」との回答が返ってきた。
小説や映画で、「ある部屋で何か事件があって人が亡くなっていても、不動産屋としては、次に借りる人以外には説明しなくてよい」みたいなことを見た気がしたので、さらに突っ込んで訊いてみたが、答えは同じだったという。
「しまいには不動産屋のオヤジ、怒り出しちゃってさ。
『事件だろうが、自殺だろうが、病気であろうが、あの部屋に入居している間に住人が亡くなったことはない。俺は誰よりも、この街のことをよく知ってるんだ!』なんてね。
まあとにかく、事故物件じゃないってことだったよ――」
では、Iさんが見たり聞いたりしたことはなんだったのだろう。
まぁ本来、奇怪な出来事のすべてに、納得のいく理由が見つかるものではないのかもしれない。
だからこそ、それらは「不思議だね」という話になるのだ。
私がそんなような趣旨のことを言うと、「いやいや」と、Iさんは暗い顔で笑った。
「それがさぁ、わかったんだよね。
不動産屋に行った、一週間後くらいに――」
§
§
その日、Iさんは仕事の付き合いで飲み会があり、帰宅が深夜になったという。
妻はすでに寝ていた。
金曜日の夜だったこともあり、なんだか開放的な気分になっていたIさんは、なぜか急に、例の物置部屋に積みっぱなしになっていた空の段ボールを、紐で縛って片付けてやろうと思い立った。
翌朝、妻が目を覚ました時、「あなた、片付けておいてくれたの?」なんて言って、驚く場面を想像して、ニヤニヤしていたそうだ。
あんなに不審に思っていた物置部屋だったのに、不動産屋に「死んだ人間はいない」と太鼓判を押されたことで、すっかり恐怖心は薄らいでいた。
少なくとも、酒に酔っていたその時は。
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