砂場の底
投稿者:綿貫 一 (31)
その日、タケシとマモル、ホノカの三人が、公園の砂場に深い穴を掘ることになったのは、ほんの偶然であった。
タケシとマモルは兄弟で、同じ幼稚園に通うホノカとは、家が近所ということもあり、よく一緒に遊んでいた。
兄弟は仲が良かったが、ホノカの前では何かと競い合っていた。
木登り、早食い、虫取り、かけっこ。
それは本人たちにはまだ自覚のない、ホノカに対する淡い恋心に端を発していたわけだが、ともあれその日、彼らの対決の種目は砂場の穴掘りになりそうだった。
「ホノカ、オレの方がすげえ深い穴を掘れるんだぜ!」
タケシが自信満々に言う。
「違うよホノカちゃん。
僕の方がタケシより早く、深ーい穴を掘れるんだ」
マモルがホノカの手を引いて言う。
少女は二人に言った。
「ねえ、タケシくん、マモルくん。皆で一緒に穴を掘ろうよ」
ホノカは兄弟が対決を始めると、いつも自分ひとりがぼんやりそれを眺めるだけになることが、以前から不満であった。
それに、いつも遊んでいるこの砂場の底がどうなっているのか、興味を持ったということもある。
別々に穴を掘るより、三人一緒の方がより深く掘れそうだ。
兄弟は顔を見合わせたが、少女がそう言うならと、素直にうなづいた。
三人を公園に連れてきた兄弟の母親は、砂場から離れたベンチでママ友たちと世間話に花を咲かせている。
はじめ、タケシががむしゃらに掘り始めようとしたところ、マモルがそれを止め、木の枝で砂の上に直径三十センチほどの円を描いた。
「この丸の中を掘っていくんだよ」
二人が掘って、ひとりが掘った砂を脇に運ぶという役割分担を、マモルはてきぱきと決め、あとの二人はそれに従った。マモルは要領が良い。
三人はしばし、黙々と作業に没頭した。
砂場の砂は、表面付近は乾燥して白くさらさらしていたが、掘るにつれ、次第に水分を含んだ黒いものに変わっていった。
彼らが肩まで穴に突っ込んで掘らなければいけないほど、穴が深くなったところで、タケシが声を上げた。
「なんだこれ?」
三人が穴の底を覗きこむと、ぶ厚いビニールが砂の中から顔を覗かせていた。
さらに掘り進めると、それはビニールに包まれた何かであることがわかった。
男の顔面であった。
砂場の穴の底から、大人の男性の顔が、ビニール越しに子供たちのことをじっと見つめていた。
「お――、」
ホノカが小さく息を飲んで、口を押さえた。
頬から汗の粒が流れる。
マモルはそんなホノカの横顔を見ていた。
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