路面電車の怪
投稿者:Nilgiri (3)
電車は動き出してしまったものの、私の内心はすっかりパニック状態でした。これは一体どういうことなんだろう?電車の中はおろか、電車の外の景色すら、一切見覚えのない風景なのです。心臓の鼓動が、バクバクと一気に早くなるのを感じました。“おかしい、そんなはずはない。あり得ない。”そんな言葉が頭の中で何度も繰り返され、目に映る光景に理解が全く追いつきませんでした。兎も角はっきりとしているのは、この電車は観光用のレトロ電車などではないということでした。
どうしよう…、私は自分を取り囲む何もかもが気味悪くなり、つり革から手を放しました。揺れる電車の中で、身をすくめて立ち尽くすことしかできませんでしたが、そんなことはお構いなしに電車は進んでいきます。
「次は、“なかざか”、次は“なかざか”でございます。」
もはや言うまでもなく、聞いたこともない名前でした。私は、思わず縋るように車内の乗客にちらちらと視線を向けましたが、すでに乗客は誰も私のことを見ておらず、全員が無表情に真っすぐ前を向いて静かに席に座っていました。まだ幼稚園生くらいの女の子でさえ、母親らしき女性に顔を向けることもなく無言で前を向いて座っているのです。異常でした。
それでも私は勇気を振り絞り、近くに座っていたおばあさんに声を掛けました。
「すみません。一つお尋ねしたいのですが。」
おばあさんは、ゆっくりと頭をこちらに向けて
「はい。」
といいました。それは、ささやき声のような小さな声でしたが、どうにか聴きとれました。
知りたいことは色々とあったのですが、私は今最も気になっていることを聞きました。
「この電車の終点はどこですか?」
おばあさんは、私の質問が聞こえたのか聞こえていないのか、しばらく黙り込みました。そして、もう答えてくれないのかと思ったとき、
「わたしは、終点まで行くしかないから。」
とだけ言うと、下を向いてしまいました。
答えになっていない答えでしたが、おばあさんの返事は私の不安を余計に駆り立てました。なんとなく、このまま電車に乗っていていてはいけない気がしたのです。早くこの電車を降りなければならない。だけど、電車を降りたところで、外も私が知っている街とは全く違うようでした。霧のせいで、はっきりとは確認できないのですが、窓の外に見える商店や土の地面がむき出しの道路など、目に入る景色は、見たことのない場所ばかりです。
“なかざか”の次は“いずみ通り”、“かりゅう町”…頭の中は、とても焦っているのに、どうすることもできないまま電車は次々と駅を通り過ぎていきました。終点まで、あと何駅なのだろうか?
不安を通り越して、私は恐怖で身動きがとれないほどでした。ここは一体どこなんだ?私は異世界に迷い込んでしまったのだろうか?あるいは、過去に遡ってしまったのだろうか?もう、いっそ終点まで行くしかないのかと思ったその時、次の駅名のアナウンスが聞こえました。
「次は、○○神社前、次は○○神社前でございます。」
私は、その名前が耳に入った瞬間、思わず声を上げそうになりました。○○神社!始めて私の良く知っている駅名が呼ばれたのです。ここで降りるしかない、聞き覚えのある名前に覚悟が決まりました。
ですが、この時私はようやく電車賃のことに思い至り、はっとしました。確か財布には千円入っていたのは覚えているのですが、これほどまでに自分の知っている世界とは違うこの電車の中で、私の持っているお金は使えるのだろうか?という疑問が湧きあがったからです。カバンから財布を取り出して確認します。小銭は一円もなく、非常用に入れている千円札が一枚入っているだけ。これが使えなければ…。いや、使えなくても構わない。ドアが開いたら、運転手にお金を押し付けて無理やりにでも降りよう。私は、そう心に決め千円を握りしめました。
「○○神社前でございます。お降りのお客様がいたらお知らせください。」
電車が停車すると、運転手が車内に声を掛けます。私は、急いで前方の降り口まで走って向かいました。そして、運転手の右手に千円札を丸めて渡して降りようとした、その時です。
「お客様、お待ちください。」
運転手に強い声で呼び止められ、私は右腕をつかまれました。
「こちらのお金は使えません。小銭はお持ちでないですか?」
「…」
きさらぎ駅の路面電車Verのようで、とてもおもしろかったです。仮に小銭を持ち合わせていたとしても、現代の硬貨とデザインが違っていたら、不可ですと言われかねませんね。そのおばあさんは本当に命の恩人でしたね。
おばあちゃん、、
本当の話なら凄い体験ですね。
終点まで行っていたら投稿も出来なかったかもしれないですね。
異世界だったのか、過去にタイムスリップしたのか、乗客の様子やお婆ちゃんの「私は終点まで行くしかないから」という台詞を聞く限り、あの世へ向かう電車だったのか。
色々な解釈が出来る不思議なお話でした。