知らぬが仏
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
医者にはこう説明した。
「ぬかるみで転んだ拍子に木製の門扉が倒れてきて頭を打って下敷きになったんです。」
頭にガーゼを貼り、保護用のネット包帯(というらしい)を被せてもらってその日は帰る事になった。
翌日も病院に行ったのだが、数日はネット包帯をしないといけないらしい。
その間はバイトを休むことになったが、体は何ともないから本屋や買い物など普通に出かけると、行く先々で友人や知人に会う事が多かった。
その都度、その頭はどうしたのか、大丈夫かと聞かれるから、医者に話した内容と同じことを説明した。
何度も同じ話をしていたが、最後は決まって冗談交じりにこう締めくくった。
「門扉が木製で運が良かった。うまく木がしなってこれくらいの怪我で済んだけど、あれがもし鉄製だったら俺はほぼ死んでいた。」
と。
ネット包帯を被らなくなった頃に俺はバイトを再開した。
久しぶりに朝早く事務所に行くと、Aさんや他の作業員や事務員の方から心配をされたが、体は問題は無く、医者からは頭の傷も綺麗に直ってると言われた事を説明すると皆さんは安心してくれた。事務員さんは労災の手配もしてくれていた。
俺はAさんに当時の状況を確認したいと頼んで、軽トラで例の場所へと向かった。
車中で「あの木製の門扉が…」
と言ったが、Aさんはなぜか怪訝な顔をしていた。
その場所に到着すると、今度はしっかりとヘルメットを被って車を降りた。
そこにはあの門扉がまだ置いてあった。
門扉は全体がベージュ色で、明るい茶色の綺麗な木目がはっきりと見て取れた。
「これですよ、この木製の…」
俺はそう言いかけると妙な違和感を覚えた。
門扉の角という角には赤茶色というか焦げ茶色というか、古びたような色が付いていた。
俺は門扉に近づいて触ってみると、ひんやりと冷たく、指の関節で軽くたたくとカンカンと甲高い音がした。
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