畜生道の娘
投稿者:LAMY (11)
瞬間、加奈さんは”怖い”というよりも、”意味がわからなかった”という。
その犬は、人間の顔をしていた。
まるで顔面に犬の頭がそのまま埋め込まれているかのような姿だった。
あまりに異様な光景に、加奈さんはその場で凍りついたように動けなくなった。
何より異様だったのは、その顔が――半月前に亡くなり、加奈さんも葬式に出た、あの繭子ちゃんのものだったことだ。
――おぉぁん、う”ぅう、う”ぁぅうう”
それを踏まえて犬、彼女の顔をした犬の声を聞いた時、加奈さんは自分が先ほど覚えた違和感に気が付いた。
これは繭子ちゃんの、あの子の声だ。
まるで人間の声帯を使って、無理やり犬の発声をさせているような。聞いているとこちらの喉が痛くなってくるような、そんな鳴き声だった。
「繭子、ちゃん……?」
恐怖心を押し殺して、加奈さんは恐る恐るという風に声をかけた。
すると繭子ちゃんの顔をしたその犬は、怯えた様子でびくりと後ずさりしたという。
その口が、ハッハッと荒い息を吐く口が、くちゃりと音を立てながら開かれて。
――あぁ、ぅ、ぇ、え”
そこからこぼれてきた声は、ひどくたどたどしくて、それでも微かに人間の名残を残したようなもので。
たすけて、と言ったと思います、と加奈さんはそう述懐する。
死んだ級友の顔をした犬が助けを求めている――少なくとも加奈さんにはそう聞こえた――という理解不能の状況に、幼いながらになんとかしないと、という感情が沸き起こった。
どうしよう。とりあえず捕まえて、連れ帰ればいいだろうか。
そんなことを考えて、前に一歩歩み出た加奈さん。しかしその足は、あることに気付くなりすぐさま止まった。
路地裏の出口側。
建物の陰からひょこっと顔だけ出して、誰かがこっちを見ている。
背丈の低い人影だった。逆光で顔は見えないけれど、体格的におそらく男の子だろうと思った。
ただその格好だけが奇妙だった。白装束に身を包んでいるのだ。そんな男の子が、にんまりと笑って――不自然なほど口角を釣り上げながら加奈さんの方を見ている。
同じ子供だからだろうか。加奈さんには、彼の笑顔の意味がなんとなく分かったという。
あれは、自分が仕掛けたいたずらに引っ掛かるかどうか見ている時の顔だ。
――あ。あの子、待ってるんだ。
私が、繭子ちゃんのこと触るの、待ってるんだ――
そこで、麻痺していた異常な状況への恐怖が急にぶわりと身体の奥底から湧き出してきた。
加奈さんは半狂乱になって泣きながら踵を返し、そのまま家まで逃げ帰ったそうだ。
……自分が逃げ出した時、背後からダンダンダンダン!という地団駄を踏むような激しい足音と、おぁぁあぁあん!というつんざくような犬の悲鳴が聞こえたが、この状況で足を止められる胆力は加奈さんにはなかった。
幸い無事に家に帰ることは出来たが、親に路地裏での出来事を話してもやはりというべきか信じては貰えなかった。
それどころか、死んだ友達のことで変な嘘をつくなんて不謹慎だと叱られてしまう始末だった。
この日以降、加奈さんは好きだった犬が苦手になってしまい、人面犬の怪談はもちろん、テレビ番組でよくある「動物に人間の言葉をアフレコする」手の演出もダメになってしまったのだそうだ。
人面犬の話かと思ったら、それ以上だった
授業中だったから全く授業に集中できてなかったwそれだけ文才がありゾッとする話やったんやなって
「動物に人間の言葉をアフレコする」手の演出を見るたびにこの話を思い出す呪いにかかってしまった
面白いです!
ありふれ過ぎてて怖さの欠片も感じなくなってしまっていた古典的都市伝説を
見事に怪談としてリブートした作品。
六道の畜生道に結び付けた解釈、想像の余地を残して敢えて消化不良感を残した締め方、文章全体から滲む「人間の子供ではどうしようもない」やるせない無力感。
短い物語の中にしっかりと恐怖のエッセンスが凝縮されてると感じました!
怖すぎる