【裏拍手Ⅱ】─劉生
投稿者:ねこじろう (157)
それから緊張した面持ちで鏡を睨みながらしばらく立っていたが、やがて辺りを見回し「まさかそんなこと、起こるわけないか」と苦笑いすると、また遺影を両手に持ち洗面所を出た。
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翌日は仕事が休みだったから、麗奈はいつもより遅めにベッドから降りた。
既に9時を過ぎている。
昨日ベランダに干した洗濯物を取り込もうと、彼女はサッシ戸のカーテンを一気に開けた。
そのとたんに、
「ひ!」
心臓が止まるくらいに驚き、思わず尻餅をついた。
透明なサッシ戸の向こうに、くっつくようにして劉生らしき男が立っている。
ただその顔には生前の面影は欠片もなくげっそり痩せこけていて、焦点の定まらない2つの瞳で微笑みを浮かべ呆けたように立っている。
しかも衣服は何も身に付けておらず素っ裸だ。
身体のあちこちには痛々しい傷があり、全体に薄汚れている。
「劉生、、、劉生なの?」
麗奈は呟きながらゆっくり立ち上がりサッシ戸を開け、男を室内に招き入れ、そのまま浴室に連れていくと熱いシャワーで隅々まで洗ってあげた。
そしてタオルで拭いてあげると、とりあえず白いガウンを着せる。
その間、彼は終始微笑んだ表情のまま無言だった。
それから居間に連れていき、ダイニングテーブルの前に座らせると、向かい合って彼女も座る。
そして麗奈は、虚ろな目で微笑む男の顔を見ながら話し始めた。
「劉生、ありがとう。
私のために帰ってきてくれたのね。
本当に嬉しい。
ねぇ、あっちの世界はどうだった?
やっぱりこっちとは違う?
いっぱい話を聞かせてよ」
果たして麗奈の問いかけが聞こえているのかいないのか、男は相変わらず虚ろな目で宙の一点を見ながら、じっとしている。
「ごめん、ごめん、お腹空いてるんだね?
すぐご飯作るから、ちょっと待ってて」
そう言って彼女は立ち上がると台所に行き、料理を準備し始めた。
やがて男の前には、野菜炒めとご飯、それと味噌汁が並んだ。
「ごめんね急だったから、そんなものしか出来なくて。明日は大好きなハンバーグ作るから」
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