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心霊

笑い馬さんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

黒ビル、開かずの間
長編 2021/02/23 15:33 15,950view
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カンカンと音がする。
少年たちが階段を駆け上がる音だ。この音は存外、よく響く。
前を行くB君の足音がふいに止まった。3階のフロアで立ち止まったB君に少年たちが追いつく。
「静かに。あそこから何か聞こえる」
B君が指差す天井の辺りを少年たちが見る。例の四角形の穴が3階の天井にも開いていて、その穴の向こう、4階のフロアから声が聞こえるのだとB君が小声で説明する。
C君も「間違いないよ、4階からあの声が聞こえる。ずっと聞こえていたあの声だ」と震えながら言う。
「黒ビル4階の噂話といえば『開かずの間』があったかな」とD君がのんきに呟いた。開かずの間はその名が示す通り、鍵のかかった入れない部屋だとD君が説明する。
「中には何がある?」
「知らないね。誰も部屋の中を見たことない、中を知らないから開かずの間という名称なのだよ」
D君がお手上げだとばかりに首を振ってそう答える。
「開かずの間には、ベッドと机、それにこの黒ビルが描かれた絵があるだけだよ」
とB君がやけに具体的なことを言った。
オカルト好きなD君ですら知らない情報をなぜB君が知っている?A君は疑問を口にした。
「……兄貴から聞いた」
B君らしくない、返事するまでに変な間が開いた会話だった。
「もう行かないと……確かめないと……オーイ、オーイ」
突然、何かを呼ぶような声をあげて、B君が走り出す。懐中電灯をめちゃくちゃに振り回しながら、4階へと続く登り階段を駆け上がって行く。
カンカン、カンカン。
B君が階段を駆け上がる。
3階に取り残された少年たちも、4階へと、Bを追って仕方なく階段を急ぎ足で進む。
階段を登りきった時、A君にも不気味な声がはっきりと聞こえた。
苦しそうな、それでいてハァハァと息が上がっているような、そんな呻(うめ)き声。耳を閉じたくなるような下卑た笑い声。誰かにヒソヒソと語りかけるような押し殺した喋り声。C君は女の声だと言っていたが、A君には男の声に聞こえた。

そして、不気味な声の元は一人ではない。複数のナニカが4階フロアのどこかから声を発している様子だった。
声の正体がどこに潜んでいるのかは分からない。懐中電灯はBが持っている。
真っ暗闇に不気味な声がただ響く。
声の正体とはまだ距離が離れている。このまま声のする方へは近付かず、暗闇の中を2階まで下りて勝手口から逃げ出してもよかった。でも、B君の異常な様子が気になったA君は勇気を出して、B君を連れ戻すため4階フロアを進み始めた。C君とD君も恐る恐る付いてくる。
暗闇の中を進む。
声がする方へ、声がする方へと……
B君が持つ懐中電灯の明かりが、チラッチラッと光っている。もうすぐ光の元、B君に追いつけそうになった時、ある物が目に入った。
4階の床、また例の四角形の穴が開いている。この穴から落ちれば、1階の床までノンストップだ。落ちて無事な高さではない。
「おいB君、穴に気をつけろよ」
とA君は叫びそうになったが、やっぱり止めた。今、声を出せば、不気味な声を発するナニカに気付かれるかも。A君はそれを恐れた。
幸いにもB君は穴を避けて進み、やがて立ち止まった。B君は懐中電灯で何かを照らしている様子だ。B君が照らし出す物を見る。
青い色の扉だ。
スチール製の青い扉。銀色のドアノブと、鍵穴が見える。
不気味な声はこの扉の向こうから聞こえている。もしかして、これが開かずの間か。
呻き声、笑い声、ヒソヒソ声、それに混じって時折、その3つの不気味な男の声たち。それらよりも1オクターブほど高い音程の声が聞こえる。感情を波立たせるような、不思議と心がザワつくような、苦しみに満ちた女の声だ。
男の声は複数だが、女の声はひとつだけ。
聞いてはいけない。聞いてはいけない。
幽霊か化物が叫んでいるように聞こえる。人間の声だけど、人間がおよそ出さないであろう不気味な声。禁忌の声。
このまま、ここに居てはダメだ。A君は不安に駆られていた。早く帰ろうという意味を込めて、B君の肩を叩く。
肩を叩いたA君の手を払いのけると、あろうことか、B君はドアノブに手をかけて扉を開こうとした。
ガチャガチャと音が響く。
扉は施錠されていて開かない。鍵がかかった部屋、開かずの間。黒ビル4階にある誰も入れない部屋。 目の前の扉、その向こうが開かずの間であることは間違いない。

B君はなおも扉を力づくでこじ開けようと、ドアノブをガチャガチャさせる。
ふいに、開かずの間から聞こえていた声がピタリと止まった。
「開けろ!ここを開けろ!」
B君が大声をあげて、激しい勢いでドアを叩き始める。
「やめろ、よせ」とB君のノックを止めようと扉に近付いたときだ。
ドン、ドンと二度、大きな音が響いた。それも開かずの間の内側から。中にいるナニカが怒りの感情を込めて扉を叩く音。続いて、カチャ、と音がした。
恐らく、鍵が開く音だ。
開かずの間がゆっくりと開く、その扉が内側から開かれる瞬間、Aたちは反射的に逃げ出していた。
暗闇の中、階段を一段飛ばしで跳ぶように下りる。決して後ろを振り返ることなく、転ぼうが足を踏み外そうがすぐに立ち上がり、2階の勝手口へと向かって走る。
A君、C君、D君は何とか黒ビルの外へと脱出した。誰かが後を追いかけてくる様子はなく、少年たちは安心したようにため息をひとつ吐く。
「B君は?」
「いないみたいだ……」
「まさかまだ中に?」
黒ビルから少し離れた所で、少年たちが心配してビルの様子を見ていると、しばらくして、B君が2階の勝手口から顔を出し、妙に落ち着いた様子で外階段を下りてきた。
「大丈夫だったか?」
「なんともない?」
「開かずの間の内側を見たのか?」
心配して優しく声をかけるA君たちに対して、B君が血走った目で笑みを浮かべる。
「平気だ。何もなかったよ」
いつもと違うかすれた声でただそれだけを告げて、B君はさっさと自宅へと帰って行った。

それ以来、4人で集まって遊ぶことは無くなった。このメンバーで集まれば、あのときの恐怖を思い出すからだ。開かずの間にいた者たちの正体は小学生のA君たちには分からない。呪われたわけでも、心を病んでしまったわけでもない。ただ、B君を除いては。B君はあの日から人が変わったみたいに暗い性格になった。向こう見ずで、人を振り回すヤンチャな性格は影を潜め、話しかけてもうつむいてばかりいる暗い子供にB君は変わった。進級し、学年が変わる頃にB君一家は引っ越して行った。
以上が、A君たちが小学3年生の夏に経験した出来事である。

2/5
コメント(1)
  • エレベーターシャフトじゃなくて通す穴だけ空いてることなんてありえんの?

    2021/02/24/00:00

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